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現代世界を哲学するために 「哲学者」としてのアーレント『実存思想論集ⅩⅩⅩⅡ アーレントと実存思想』(実存思想協会編)【書評専門誌 「週刊読書人ウェブ」】

実存思想論集 32

実存思想論集 32

実存思想協会 / 理想社
2017/06出版
ISBN : 9784650003123
価格:¥2,160(本体¥2,000)

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【内容説明より】
目次
ハイデガーからアーレントへ―世界と真理をめぐって
ハイデガーからアーレントへ―ハイゼンベルク「不確定性原理」との対向を手がかりに
故郷喪失時代のタウンミーティング―福島県飯舘村を事例として
「見捨てられていること」の消息
ニーチェの「権力感情」概念の考察―闘争的関係と幸福
全体における存在者としての自然―前期ハイデガーにおける自然概念再考
世界の意味喪失の経験は共有できるか?―ハイデッガーとパトチカを手引きとして
「汝がそれであるところのものに成れ!」―ハイデガーによるその批判的伝承について
時間性のアポリアの詩的解決―リクールのハイデガー解釈について
書評

【評者】太田 裕信(愛媛大学法文学部講師(倫理思想史))

哲学の学界では「ナントカさんにおけるナントカ概念」といった論文が大量に生産され、現代的諸問題を真剣に「哲学する」ものはさほど見られない。その理由は、時代を超えた真理に関わることが哲学の本領であり、過去の哲学の読解なしの思考は、薄っぺらな同時代批評にしかならないと多くの研究者が考えていることにある。これはもっともだが、かといってナントカ研究で終わってはやはりお寒い状況である。大切なことは、過去の哲学と対話しながら、私たちが生きる現代世界を考えることにほかならない。

本書は「実存思想協会」という哲学系の学会誌であり、政治思想として取り上げられることが多いアーレントを特集したものであるが、その特集に収められた四つの論文は、あくまでアーレントの思考に寄り添う研究でありながらも、まさに「自ら現代世界を哲学しよう」とする姿勢において共通している。

アーレントの主著『人間の条件』は、人間の「活動」を「労働」、「制作」、「行為」に三分節し、「近代」の性格を考察したものである。アーレントにとって「近代」とは、経済的利益から離れた公共的活動を指す「行為」が軽視され、すべての活動の意味が主として「制作」的な「有用性」や「労働」的な「必要性」の尺度ではかられる時代であった。また、そこでは、今日において無縁社会が問題となるように、人々が公共的な世界から「見捨てられた状態」に陥る「世界疎外」が帰結する。この「近代」を基盤とし、原子爆弾という人類殲滅手段を得たときに始まるのが、私たちの「現代」であるという。

哲学の学界におけるアーレントの軽視に反旗を翻し、自分は哲学者ではないと嘯いたアーレントを、師ハイデガーを換骨奪胎し「世界と真理」という問題にこだわり続けた「哲学者」として論究するのが、森一郎氏の論文「ハイデガーからアーレントへ――世界と真理をめぐって――」である。森氏は、古代から近代への「真理」観の変容、それに大きな役割を担ったガリレオの望遠鏡の発明をめぐるアーレントの考察を取り上げながら、観念遊戯とは異なった哲学の「再出発」を図っている。

同じく「ハイデガーからアーレント」というタイトルに副題「ハイゼンベルク「不確定性原理」との対向を手がかりに」を添えた森川輝一氏は、アーレントによるハイデガーの批判的継承を、量子物理学者ハイゼンベルクへの両者の言及を媒介に論じていく。そこで私たちがなすべきこととして見出されるのは、「たった十人でもよいから、テーブルの回りに腰かけて、めいめい自分の意見を表明し、他人の意見を聞く」、「行為」であるという、ひっくり返るほどに素朴な、しかし氏の言葉で言えば私たちの「身の丈にあった」アーレントの発言である。

この「行為」に基づいた政治や組織のあり方を、具体的な事例を通じて捉えようとするのが、田端健人氏の「故郷喪失時代のタウンミーティング――福島県飯舘村を事例として――」である。飯舘村では、たとえば村の合併問題をめぐって、個々人が利害関心から自由に、また自分の主張とは異なった立場から考えた上で村の合意を形成するために、参加者が自分の主張とは無関係に半数ずつ賛成派と反対派に分かれ仮想的な議論を行なっていたという。田端氏は、この飯舘村の討議に、アーレントの「行為」の具体化を見出すのである。

とはいえ単に他人とお話をすれば万事よしというわけではないだろう。矢野久美子氏の「「見捨てられていること」の消息」は、「世界疎外」における「孤立」の消息を論じながら、それとは異なった「孤独」の意義、すなわち「行為」に身を晒しながら同時に「自分自身との内的対話」のあるあり方の意義を示唆している。

アーレントは私たちが現代世界を根本的に考えるためのヒントを与えてくれる。本書は学会誌ではあるが、専門家の枠を超えて一般読者にも勧めることができる一冊である。


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2017.11.20 書評で読む