イベントに行こう

新宿本店3階じんぶんや 篠原雅武 選「エコロジカル・シフトの時代へ――ティモシー・モートンとの対話」

紀伊國屋書店新宿本店3階のブックフェア「じんぶんや」、今回の選者は篠原雅武さん。
「エコロジカル・シフトの時代へ――ティモシー・モートンとの対話」
という表題のもと、じんぶんやにエッセイをいただきました。

篠原さんエッセイ
エコロジカル・シフトの時代へ――ティモシー・モートンとの対話

写真篠原.JPG

 エコロジカルな文化的転換と聞くとき、多くの人は、ナチュラルでオーガニックなスローライフを連想するだろう。大都市の消費文化から、そんなのは空疎で無意味でバカらしいといって逃げ出して、農村や山奥で静かで自然のリズムと一致したオーガニックな生活を営むことがすばらしいという、『天然生活』という雑誌などで特集されている、(どう考えても金持ちじゃないとできるはずないでしょとツッコミを入れたくなる)あの暮らしである。
 これに対して、ティモシー・モートンは、自然派志向へ過度なまでに没頭し、オーガニックなスローライフを徹底することの思想が行き過ぎると、都市への極端な憎悪、消費生活への憎悪に転じてしまうことの怖さをよくわかっている。だからたんなる形だけのエコライフなんてくだらないと思っているだろう(モートンさんはとてもいい人なのだが、けっこう厳しく現実をみている)。
 モートンのエコロジカルな思想は、未来志向的である。現在を規定する、近代的な思考、生活様式、人と人とのかかわりかたなどが無理のあるものになっているという感覚から、その無理を生じさせている要因を解体し、もっと緩やかにする。全否定ではなくて、こわばった部分をほぐし、緩やかにすること。それが彼のいうエコロジカルな転換である。


 そしてモートンは、イギリスの詩の研究をしていたこともあって、美しいもの、心穏やかにするものへの感度が鋭い。ただしそれは、ベートーベンの田園交響曲のような高尚なものではなく、ノイズ音楽、アンビエント・ミュージック、テクノ、ロックなど、現代的なポップカルチャーにこそ、心穏やかにする美的なものがあると考えている。
 ゆえにモートンは、ビョークを絶賛する。MoMAでの展示のためのカタログに、モートンとビョークの往復メールが掲載されているのだが、そこでモートンはビョークに、次のように書く。

 私は、アートは未来からやってくる(そんなこと、私に証明できるだろうか?)と論じている。だから、アートはどんなものであれ、いつも考えるよりも先に存在していると考えている。私のつとめは、それを現在において言葉へと導き入れていくことである。あなたのアートはどうかんがえてもあきらかに未来へと開かれているし、未来からやってきている。
『ビョーク MoMA エキシビション カタログ』より

 ただしモートンのいうアートは、現実がそもそもどうなっているかということへと感覚を合わせていくことである。だから、現実をより深く、徹底的に感覚することからこそ、未来志向のアートが可能になる。この場合、未来志向は、よりよい未来像を現在において描き出し目標にしてその達成に邁進するということではなく、今後どうなるかわからない、完全に偶然のなりゆきにゆだねられてしまっているこの世界がどうなるかを、現在において潜伏しているが感覚するのが難しい次元への感度を手がかりにして想像し、考え、行動することである。モートンが、アートは未来からやってくるというのは、アートが未来への予見を提示するからである。なぜそれが可能になるのか。モートンはいう。

 アーティストは、物事がどうなっているかへと、感度を合わせていく。それはつまり、未来を聴くということである。

 ではモートンは、ビョークの音楽に、いかなる未来を聴き出すのか。それが彼のいうエコロジカルな文化的転換である。
 彼のブログにはこう書かれている。

 ビョークと私は、世界のいたるところで、重大な文化的転換が起こっていると考えている。それはシニカルな理性とニヒリズムを超えたものへの転換だが、それは私たちがしているあらゆることにおいて人間ならざるものを考慮にいれないでいるのがますます不可能になっていくのと歩調をあわせて起きている。
http://ecologywithoutnature.blogspot.jp/2015/01/bjork.htmlより

3 
 エコロジカルな転換。それはもう始まっているとモートンは言う。そして私との会話でも、その始まりを感じとり、行動している人も増えていくだろうと言っていた。おしとどめようのない動向だとすら、言っていた。
 たしかに、日本でもエコロジカルな転換を、うけとめて行動している人はいる。その例として、私は現代の若手建築家の実践を彼に話したのだったが、それだけでなく、食や子育てといった領域にかかわる人たちも、エコロジカルな転換に反応し、行動しているように思うと話した。
 この転換は、文化の領域でも始まっていると思う。今回のブックフェアに合わせて選んだいくつかの本に、それを読み解くことができる。たとえば、金原ひとみの『持たざる者』には、エコロジカルな転換を戸惑いながら経験し、自分を変えていこうとする人たちや、あるいは逆に、まったく鈍感になって今ある暮らしを守ろうとする人たちの様子がかかれている。
 モートンと話をするにあたって、事前のメールのやり取りで私は「こんなにフォビアな感じが世界的に高まっていることをどう考えたらいいのでしょうか?」と質問していた。他人を無視し、侮蔑し、陰口をたたき、差別的発言をし、自分は偉そうにしていてもかまわないという雰囲気の高まりをここ最近何かと私は感じているのだが、どことなく、その雰囲気のわかりやすい徴候が例のドナルド・トランプではないのかと思って、聞いたのである。これに対してモートンは、「惑星規模でのエコロジカルな目覚めへの反発、反動のようなものとして考えたらいいと思います。これについては議論しよう」と返信してくれた。
 議論の内容は、『複数性のエコロジー』の随所で書いたのでそれを参照してもらいたいのだが、要するに、自分とは違うもの--そこには人間だけでなく、動物や植物、岩や木材も含まれる--が独特の存在感を放ち、自分たちを脅かしてくることへの反発がトランプを支持する人たちを支えているというのが、モートンの見立てであった。つまり、エコロジカルな転換は、温暖化、放射性物質による食品汚染、ゲリラ豪雨の増加といった現象にみずからの意識を合わせ、それにあわせて自己変革を進めていくということなのだが、そのなかにはもちろん、白人だけで人間世界が成り立っているわけではないという現実も含まれている。偉そうにしていることのできる「自分たち」を脅かすものを無視し、排除し、侮蔑し、ないものにしてしまおうという意識が、エコロジカルな目覚めの高まりと同時並行的に起こっている。トランプの言葉のわかりやすさ、平坦さの背後には、わかりにくいものをないものにしてしまおうという、繊細さを欠落させた、粗暴で無様な知性の暗澹たる惨状がある。このせめぎあいが今後どうなるか。それにより、世界の行く末は左右されるだろう。モートンはそう話してくれた。
 ところがトランプが当選した。モートンはこの当選をどう受けとめたのだろうか。ブログをチェックしていたらこう書いてあった。

 まさに起こったことが私の心を盗むのを、私は拒否する。ファシスト的なスペクタクル政治の担い手になっている人たちを「理解するために努力する」のを、私は拒否する。
http://ecologywithoutnature.blogspot.jp/2016/11/think-dammit.htmlより

 トランプの当選をエコロジカルな転換への反動と考えるのであれば、それに同調できない人たちにできるのは、この出来事に巻き込まれないようにすることであり、エコロジカルな転換が起きていることを信じ、あくまでもトランプ当選は一過性のもの、いずれ滅びる邪悪な出来事とみなしたほうがいい。だからこそ、トランプを当選させてしまった人たちの内的世界に渦巻くわけのわからない憎悪についてもあくまでも一過性のものだとまずは考えたほうがいいだろう。トランプ支持者の気持ちなど、私には関係のないことだから、考えなくていい。問題なのは、反動と憎悪の拡散を許してしまった、世界の原理の崩壊であり、瓦礫状態である。崩壊が何により引き起こされたかなどと問うてももはや遅い。もう何かが崩壊し、終わったのであって、だからその後を考えたほうがいい。世界の原理をエコロジカルなものとして建て直し、定着させていくことが、これから求められる。そう考えることができるのもおそらく、モートンの本を読み、彼と実際に話したからだろう。


篠原雅武(しのはら・まさたけ)さんプロフィール
1975年生まれ。社会哲学、思想史専攻。1999年京都大学総合人間学部卒業。2007年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。2012年4月より、大阪大学大学院国際公共政策研究科特任准教授(2017年3月まで)。2015年4月より、京都大学人文科学研究所非常勤講師。2016年開催のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館制作委員。
著書:『公共空間の政治理論』(人文書院、2007年)、『空間のために』(以文社、2011年)、『全―生活論』(以文社、2012年)、『生きられたニュータウン――未来空間の哲学――』(青土社、2015年)
訳書:M・デランダ『社会の新たな哲学』(人文書院、2015年)

ティモシー・モートンさんプロフィール
1968年英国・ロンドン生まれ。現在、米国・ヒューストンのライス大学で教鞭を執る。イギリス文学研究が専門ながら、その関心領域は、エコロジー、哲学、文学、生命科学、物理学、エコクリティシズム、音楽、アート、建築、デザイン、資本主義、詩学、食と多岐に渡る。著書に『自然なきエコロジー』(2007)『エコロジーの思考』(2010)『ハイパー・オブジェクト』(2012)『リアリストマジック』(2012)『ダークエコロジー』(2016)『ヒューマンカインド』(2017)など多数。
2017年より、以文社から翻訳を刊行予定。

複数性のエコロジ- 人間ならざるものの環境哲学

複数性のエコロジ- 人間ならざるものの環境哲学

篠原雅武 / 以文社
2016/12出版
ISBN : 9784753103355
価格:¥2,808(本体¥2,600)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら

モダニティの終焉からエコロジカルな時代へ
地震、原発問題、無差別殺人、自殺......現在、われわれが感じるこの「生きづらさ」とはなんなのか? 「エコロジー」概念を刷新し世界的な注目を集める思想家ティモシー・モートンは、現代人の生きる空間そのものが「うつの空間」と化しているという。都市空間の「荒廃」を問い続け、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館展示にもかかわるなど精力的な活動を続ける著者が、モートンと直接に対話しながら辿り着いた、自分への配慮と、ヒト・モノを含む他者との結びつきの環境哲学。......「人間が、人間だけで生きていることのできていた時代が終わろうとしている」。

現代思想の転換 2017 知のエッジをめぐる五つの対話

現代思想の転換 2017 知のエッジをめぐる五つの対話

篠原雅武 / 人文書院
2017/01出版
ISBN : 9784409041093
価格:¥1,944(本体¥1,800)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら

人文学の尖端を切り拓く五人の研究者が語る、知の未来。対談者:中村隆之、藤原辰史、小泉義之、千葉雅也、ティモシー・モートン新時代への思想のシフトは、もう始まっている。

歴史の転換点のいま、何を考えるべきか。人文学の尖端を切り拓く五人の研究者が語る、知の未来。

篠原さんの選書とコメントはこちらからご覧になれます(PDF)

「じんぶんや」アイデンティティ1
★ 月 が わ り の 選 者
「じんぶんや」に並ぶ本を選ぶのは、編集者、学者、評論家など、その月のテーマに精通したプロの本読みたちです。「世に溢れかえる書物の山から厳選した本を、お客様にお薦めできるようなコーナーを作ろう」と考えて立ち上げました。数多の本を読み込んだ選者たちのおすすめ本は、掛け値なしに「じんぶんや」推薦印つき。

「じんぶんや」アイデンティティ2
★ 月 が わ り の テ ー マ
人文科学およびその周辺の主題をふらふらと巡っています。ここまでのテーマは、子どもが大きくなったら読ませたい本、身体論、詩、女性学...など。人文科学って日々の生活から縁遠いことではなくて、生きていくのに案外役に立ったりするのです。

ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いします。

【じんぶんや】篠原雅武 選
エコロジカル・シフトの時代へ――ティモシー・モートンとの対話

場  所 紀伊國屋書店新宿本店 3F-I28棚
会  期 2017年1月30日(月)より開催中
お問合せ 紀伊國屋書店新宿本店3階 03-3354-5703

2017.02.17 特集[TOP]