新宿本店3階じんぶんやフェア 山本貴光選「知と言葉の連環を見るために」

紀伊國屋書店新宿本店3階のブックフェア「じんぶんや」、今回の選者は山本貴光さん。
「知と言葉の連環を見るために」
という表題のもと、じんぶんやにエッセイをいただきました。

山本貴光さんエッセイ
知と言葉の連環を見るために

山本貴光写真.jpg 私たちが使っている現代の日本語は、多種多様な言語がまざりあった一種のハイブリッド言語です。などといえば、日本語は日本語だろうと思う向きもあるかもしれません。どういうことか、もう少しお話ししてみます。

 どんな言語もそうかもしれませんが、いま私たちが使っている日本語には、さまざまな時代や文化に出自をもつ語彙がたくさん含まれています。そもそもの漢字や漢語が中国に由来することは誰もが知るところでしょう。また、さきほどの「ハイブリッド」や「コンピュータ」「デザイン」といったカタカナに音写される語の多くは、外来であることを示したまま日本語に取り込まれている例です。そうした分かりやすいものだけでなく、漢訳された仏教語や、ヨーロッパ諸語からの翻訳語など、じつに多様な言語が日本語のなかに混交しています。

 ただし、音写ではなく漢字を使った翻訳語は、ぱっと見でその出自が分かりにくいものでもあります。たとえばよく知られた例ですが、「哲学」という言葉は、古典ギリシア語がもととなっています。古典ギリシア語のφιλοσοφία (ピロソピア)がラテン語を経由して、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、アラビア語などに音写されたのでした。英仏独語では、philosophy、philosophie、Philosophieですが、これを日本語にしたのが「哲学」です。

 最初は原語のピロソピア(知を愛すること)の意味をとって「希哲学」、つまり「賢哲であることを希う学」としていたところ、動詞にあたる「希」をとって「哲学」と訳したわけです。「賢哲」とは中国の古典にあらわれる中国語。要するに、古典ギリシア語に根をもつ語を古代中国語で受け止めてつくったのが「哲学」という日本語なのでした。

 こうした翻訳をするには、翻訳元のヨーロッパ諸語はもちろんのこと、漢文の素養に加えて古典ギリシア語やラテン語の理解も必要です。これらの知見を綜合することで、はじめてphilosophyを「哲学」と受け止めることができるわけです。
 いまから150年ほど前、幕末から明治にかけて、こうした知の移入を行った知識人の1人に西周(にし・あまね、1829-1897)がいます。先の「哲学」を造語したのも彼でした。「明治の啓蒙知識人」と冠されることも多い西は、幕命を受けてオランダに留学後、激動する時代のなかでヨーロッパの学芸を移入する基礎をつくった人物です。福澤諭吉や森有礼たちと明六社という同人に集い『明六雑誌』という学術雑誌を舞台に盛んに議論を戦わせたりもしています。

 その仕事は多岐にわたりますが、こうした文脈で注目しておきたいのが「百学連環」という文書です。これは西先生が私塾で行った講義を弟子が筆記したもの。内容はエンサイクロペディア。といっても百科事典のことではなく、あらゆる学問(Sciences)と技芸術(Arts)の内容と相互の関連をみわたす知のマップのことでした。多様な学術の各部をみる前に、その全体を見渡す必要がある。そうした意図で行われた講義であります。彼はこの英語encyclopediaを、語源である古典ギリシア語に遡って「百学連環」と訳しました。

 このたび刊行した拙著『「百学連環」を読む』(三省堂)では、この「百学連環」の冒頭に置かれ、その全体のエッセンスを示した「総論」を現代語訳しながら精読するものです。一見するとそんな古い文書を読んでなんの意味があるのか、と思われるかもしれません。

 でも、他方でこうも考えられます。目下の学術体制やその基礎が築かれた時代に、学術の全体像がどうなっていたかを再確認すれば、そうした巨人の肩に乗っている私たちが立っている足下を見直すこともできると。例えば「学問」と「学術」はどう違うのか。それはどのような意味なのか。ごく当たり前に使われるこうした語もまた、西たちがヨーロッパ諸学と取り組みながら創意工夫によって編み出した語であり、理解の仕方だったのです。

 というわけで、このたびのブックフェアでは「百学連環」を中心に、学術を見る目を広げたり、洗い直したりするための本、百学連環を楽しむための本を選んでみました。この小さなブックガイドを手にして紀伊國屋書店のあちこちを歩けば、ここに書かれていないいろいろな本も目に飛び込んでくるかもしれません。散策をお楽しみいただければ幸いです。

山本貴光(やまもと・たかみつ)さんプロフィール
文筆家・ゲーム作家。コーエーにてゲーム制作に従事の後、フリーランス。東京工芸大学で非常勤講師を務める。モブキャストとプロ契約中。逍遙派。著書に『「百学連環」を読む』、『脳がわかれば心がわかるか――脳科学リテラシー講座』(吉川浩満との共著)、『文体の科学』、『コンピュータのひみつ』ほか。訳書に『ルールズ・オブ・プレイ』(サレン/ジマーマン著)など。次回作は『夏目漱石『文学論』論(仮)』『科学の文体』などを予定。twitter ID: yakumoizuru

「百学連環」を読む

「百学連環」を読む

山本貴光 / 三省堂
2016/08出版
ISBN : 9784385365220
価格:¥3,456(本体¥3,200)

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西周の私塾での講義「百学連環」を現代の言葉に置き換え、精読することで、文化の大転換期に学術全体をどう見ていたかに迫る。 西周の私塾での講義「百学連環」は当時の西欧諸学を相互の連関の中で見渡そうとする試みであった。その講義録を現代の言葉に置き換え精読することで、文化の大転換期に学術全体をどう見ていたかに迫る。

[出版社内容情報より]

山本貴光さん選書&コメント

A. 西周と明治の思想
まずは「百学連環」とその背景にかんする本を何冊かご紹介しましょう。

01:清水多吉
『西周 兵馬の権はいずこにありや』
(ミネルヴァ書房、2010)

新刊書として読める数少ない評伝の一冊。学術方面の業績に目がいきがちなところ、軍事関連の仕事にも光を当てています。西先生本人による自伝的文章は『日本の名著34 西周・加藤弘之』(中央公論社、1984)で読めます。

02:松本健一
『山本覚馬――付・西周『百一新論』』
(中公文庫、2013)

同志社の創立メンバーでもある山本覚馬の評伝ですが、西先生が生きた幕末の時代背景を知る参考にもなります。覚馬が刊行に尽力した西周『百一新論』も併載されています。

03:島根県立大学西周研究会編
『西周と日本の近代』

西先生の郷里の津和野は、いまでいう島根県。本書はその島根県立大学で企画・編集された西周研究論文集。その生涯、思想体系、同時代と、多様な観点から西周とその時代に光を当てています。

04:『明六雑誌』
(山室信一校注、中野目徹校注、全3巻、岩波文庫、1999-2009)

森有礼、中村正直、加藤弘之、福沢諭吉らとともにつくられた日本最初の学術結社である明六社の機関誌です。1874年(明治7年)に創刊されて、社員たちが政治、経済はもとより宗教、科学、社会、言語など、多方面に及ぶ論考を発表しました。この文庫には、創刊号から1875年11月刊行の最終第43号までが収録されています。西先生の論考も多数あり。

05:石井研堂
『明治事物起原』(全8巻、ちくま学芸文庫、1997)

明治文化研究者の石井研堂がまとめたこの本は、その書名のとおり人事、教育文芸、交通、軍事、実業、暦日歳時、病医、法刑、衣帛、飲食、住居、器財小間物、遊楽と、まさに明治の文化全般にわたる事物の起源を説いた本。『「百学連環」を読む』でもおおいに参照しました。明治文化に関心のある人なら手元に置きたい叢書です。

06:久米邦武
『特命全権大使欧米回覧実記 普及版』(全5巻+別巻、慶應義塾大学出版会、2008)

特命全権大使の岩倉具視をはじめ、総勢46名からなる使節団が、1871年から73年にかけて欧米を見聞した記録。当時の日本にはない技術や施設が、その仕組みにいたるまで丹念に書きとめられています。石井研堂の本とともに「百学連環」を読み解くうえでも非常に有益でした。コンパクトな版として、岩波文庫(全五冊)もあります。

07:『日本思想史講座5――方法*文献一覧・年表付』(ぺりかん社、2015)
『日本思想史講座』(全五巻)の最終巻である本書には、日本思想史に関連する文献一覧と年表がついています。思想史のうえをあちこち旅する際にも、こうした年表や文献一覧があればなにかと重宝します。

08:松浦寿輝
『明治の表象空間』(新潮社、2014)

明治は社会や文化が大きくつくりかえられた時代であったと同時に、制度や事物をあらわす日本語そのものもまたつくりかえられた時代でした。行政、法律、辞書、文学、教育と、多岐にわたる領域の文書を読み抜いて、その理を浮かび上がらせる大著。

09:堀池信夫編
『知のユーラシア1――知は東から:西洋近代哲学とアジア』(明治書院、2013)

この「知のユーラシア」シリーズ(全五巻)は、世界の東と西とのあいだでさまざまに行われた知の交換が描かれています。西洋から日本へという文化の移入は比較的よく知られているところですが、例えば中国の学知がヨーロッパに移入されたといえば、まだ常識とまでは言えないかもしれません。世界の歴史のなかで多様に行き交った知のダイナミズムに触れられる本です。


B. 言葉――学術の礎を見なおす
文系・理系、あるいは領域を問わず学術にとって不可欠なのが言葉です。私たちは言葉で世界を切り取り捉え、研究の計画や結果を記し伝えあっています。「百学連環」においても言葉の重要性は幾重にも強調されていました。

10:マルティン・チエシュコ
『古典ギリシア語文典』(平山晃司訳、白水社、2016)

11:中山恒夫
『古典ラテン語文典』(白水社、2007)

「百学連環」では、学術に取り組むならサンスクリット語、古典ギリシア語、ラテン語、アラビア語など、いくつかの言語の習得が必須であると説かれています。古典ギリシア語とラテン語については入門書も複数種類が刊行されています。

12:石塚正英+柴田隆行監修
『哲学・思想翻訳語事典 増補版』(論創社、2013)

西先生をはじめ、幕末から明治にかけて、現在でも使われている多くの学術用語が翻訳造語されました。本書は哲学思想方面について、そうした語の歴史も含めて解説した得がたい事典です。 

13:サイモン・ウィンチェスター
『博士と狂人――世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(鈴木主税訳、ハヤカワ文庫、2006)

「百学連環」で頻繁に参照されているのは『オックスフォード英語辞典(OED)』ではなくウェブスターですが、本書に活写されている言葉を追求する狂気すれすれの(!)姿勢は西先生の探究にも通じるものがあります。

14:丸山眞男+加藤周一
『翻訳と日本の近代』(岩波新書、1998)

幕末から明治にかけて、西洋の学知を導入する際、それまでの日本語になかったヨーロッパ諸語を翻訳することがたいへん重要な大仕事でした。では、実際のところ、いかにしてそうした仕事がなされたのか。二人の碩学が存分に語りあいます。

15:柳瀬尚紀
『翻訳はいかにすべきか』(岩波新書、2000)

柳瀬さんによるジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウエイク』の訳業は、日本語が備える表現の可能性を最大限引き出してみせた快作/怪作でした。その柳瀬さんによる翻訳論は、文学作品の翻訳という範囲を超えて、言語や文化について考える手がかりとなります。

16:夏目漱石
『文学論』(上下、岩波文庫、2015)

漱石もまた、舶来の概念と格闘した知識人の一人でした。彼はLiterature(文学)とは何かというモンダイに向き合い、ロンドン留学も含む七転八倒の末、それまで誰もやって見せたことのなかった文学の見方に到達します。文学を心理学や社会学や科学との関係のなかで捉えようというのです。その詳細を説いた講義をもとにしたのがこの本です。

17:Charlotte Sleigh, Literature and Science (Palgrave Macmillan, 2010)
文学と科学といえば、水と油という印象があるかもしれません。そもそも高校で文系/理系に分けられて、専門分化することに慣れているだけに。しかし著者のスレイは言います。科学の論文や書物もまた、自然言語で書かれるほかはないし、言語表現がもつ比喩や各種の表現手法を活用していると。そうした観点から文学と科学の連環を見る好著。誰か訳して。

18:エリザベス・シューエル
『オルフェウスの声――詩とナチュラル・ヒストリー』(高山宏訳、白水社、2014)

世界を要素に分けてとらえる分析的知性は、科学やそれを応用する技術がそうであるように、世界を理解し、つくりかえる力を持ちます。私たちはその恩恵をこうむっているわけですが、他方でそうした分析的知性だけでは足りないのも私たち人間です。本書は分解された世界を詩の言語こそが再統合できると主張しています。言葉と世界の関係を考えさせてくれる本。

19:今野真二
『図説 日本語の歴史』(ふくろうの本、河出書房新社、2015)

20:河野貴美子/Wiebke DENECKE/新川登亀男/陣野英則編
『日本「文」学史 第1巻 「文」の環境――「文学」以前』(勉誠出版、2015)

21:池澤夏樹編
『日本語のために』(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集30、河出書房新社、2016)

22:山本貴光
『文体の科学』(新潮社、2014)

日本語の歴史を眺めると、冒頭にも述べたように、それが複数の出自をもった複数の言語がまざりあった言葉である次第が見えてきます。それは文字の書きぶりにも、文体の変化にも如実に反映されています。この四冊は、そうした日本語の多様性や変化を多角的に見る目を養ってくれる書物です。とりわけ『日本語のために』では、古代の日本語から、漢文、仏典、切支丹文学、琉球語、アイヌ語などなど、具体的な文体に触れることができます。対話、科学、法律、辞書、批評、小説などの各種文体について考察した拙著『文体の科学』では、文章が象られる物質の次元も含めて眺め味わっています。

23:大野晋+浜西正人
『角川類語新辞典』(角川書店、1981)

言葉は他の言葉との関係のなかで意味を持ちます。今日、多くの辞典では言葉を五十音順に並べていますが、検索の便宜を考えてのことです。それに対して、語の類似性や秩序にもとづいて並べるやり方があります。シソーラス、類語辞典と呼ばれる辞書です。たとえば本書を開くと「心情」という大項目の下に「感覚」「思考」「学習」などの語が並び、「感覚」の下には「感じ」「意識」「狂気」と並び、それぞれの項目の下に類語が並ぶ......という次第。ここには語同士の関係、世界の秩序が映し出されています。検索をコンピュータに任せられるいまこそ、こうした試みをいっそう遠くまで進められるはず。


C. 学術とその歴史
「百学連環(encyclopedia)」がまさにそうだったように、ある特定の学術にとりくむ際にも、学術全体のマップを見ておくことは有効です。また、その学術の歴史を知れば、それがなぜいまあるようになってきたのかということも分かります。ここにはそうした学術マップや学術史に関する本を集めてみました。

24:茂木健一郎監修
『学問のしくみ事典』(日本実業出版社、2016)

20年前に刊行された本の増補版。まさに百学の全域を覆う勢いで、諸学術についてその概要や歴史、そして関連参考文献を提示した本。学芸や知の世界を歩き回る際の得がたいマップです。手元に一冊備えて、必要に応じて拡張したり作り替えるとよいでしょう。

25:井田太郎+藤巻和宏編
『近代学問の起源と編成』(勉誠出版、2014)

現在の学問は、どのようにしていまあるようになったのか。過去が分かれば、それだけ現在のことも見えるようになります。本書は、日本において幕末から明治を中心に、現代に続く諸学問の体制がどのようにできてきたのかを探究した論文集です。

26:横田冬彦編
『知識と学問をになう人びと』(身分的周縁と近世社会、吉川弘文館、2007)

明治維新によって社会がつくりかえられたとはいえ、その土台になったのは江戸の文化でした。では、書物の普及によって知や情報の流通が大きく変化した江戸の社会では、どのような人びとが学問や知識を担っていたのでしょうか。それが本書のテーマです。

27:井波陵一
『知の座標――中国目録学』(白帝社、2003)

西先生も親しんでいた中国古典、漢籍の世界では、ヨーロッパとは異なる学問体系がつくりあげられていました。ひとつには、書物の分類によって、そうした体系は編まれるのですが、これに関わる学問を「目録学」と言います。近年邦訳された余嘉錫『目録学発微――中国文献分類法』(東洋文庫、平凡社)とあわせて読むことで理解を深められます。

28:ピーター・バーク
『知識の社会史――知と情報はいかにして商品化したか』(井山弘幸+城戸淳訳、新曜社、2004)

29:ピーター・バーク
『知識の社会史2――百科全書からウィキペディアまで』(井山弘幸訳、新曜社、2015)

学術や知というものは、なにも真空中にあるわけではありません。ある時代、ある場所における人間の社会のなかで営まれるものです。社会学者のピーター・バークは、博捜に基づいて、ヨーロッパにおける中世から現代までの知識と社会の関係を描き出しています。

30:ウィル・バッキンガム
『哲学大図鑑』(小須田健訳、三省堂、2012)

31:キャサリン・コーリン
『心理学大図鑑』(小須田健訳、三省堂、2013)

子供の頃、図鑑が好きでした。宇宙とか昆虫とか、あるテーマについてそこに全てが網羅され、封じ込められている感じが堪らず、本がぼろぼろになるまで何度も眺めたりして。『哲学大図鑑』『心理学大図鑑』は、学問を豊富なヴィジュアルで見せる楽しい本。子供の頃にこんな本と出会いたかった! 他に政治学、経営学、経済学、宗教学の大図鑑も三省堂から出ています。

32:国立天文台『理科年表 平成29年』(丸善、2015)
自然科学の現在とその概要をつかみたかったら、『理科年表』がうってつけ。暦、天文、気象、物理、化学、地学、生物、環境と、自然科学の各領域について、さまざまな最新データが掲載されています。便利なリファレンスブックとして座右に一冊欲しい本。コンパクトな版と少し大きな机上版があります。

33:Eleanor Robson and Jacqueline Stedall編
『Oxford 数学史』(斎藤憲+三浦伸夫+三宅克哉監訳、共立出版、2014)

言語と並んで諸学術の重要な道具となるのが数学です。数学といえばつい苦手意識が先に立つ読者もいるかもしれません。そんな時は歴史を眺めるのがおすすめです。数学もまた、他の事物と同様に、試行錯誤や失敗の山を築きながら進んできたものでした。その様子を知ることで、なぜ数学がいまあるような姿になったのかも腑に落ち、見方が一変します。

34:久我勝利
『知の分類史――常識としての博物学』(中公新書ラクレ、2007)

文字通り古今東西における知の分類について解説した楽しいカタログ本。私たちは、厖大な物事を把握する際に分類なしにはうまくできないわけですが、それでは知については誰がどのような分類を考えたか。ヨーロッパだけでなく、中国やインドなども視野に入っています。

35:フランシス・ベーコン
『学問の進歩』(服部英次郎訳、岩波文庫、1974)

36:ディドロ+ダランベール
『百科全書――序論および代表的項目』(桑原武夫他訳、岩波文庫、1995)

エンサイクロペディアといえば、ディドロとダランベールが、いわばイギリスのチェンバーズの『百科事典』(Cyclopaedia)をお手本につくった『百科全書』(Encyclopédie)がよく知られています。ユニークなのは、その知識の分類の仕方。ディドロとダランベールは、フランシス・ベーコンが示した学術分類、つまり理性や感情や記憶といった人間の認知能力をモノサシとした分類を採用して、これに改良を加えて知識の全域を体系化しています。学術に限らず、物事を分類する際に参考になる発想であります。


D. 百学連環な人びと
学術の諸領域の専門分化がすすんできた現在では考えにくいことですが、かつては「百科全書的(エンサイクロペディック)」と言いたくなるような人たちがいました。一人で複数の領域に関心を向けて、あちこちで知を連環させる人びとの仕事をいくつか選んでみました。

37:アリストテレス
『ニコマコス倫理学』(上下、渡辺邦夫訳、光文社古典新訳文庫、2015-2016)

「万学の祖」とも呼ばれる古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、いまでいう自然科学はもちろんのこと、哲学、政治学、心理学など多方面にその痕跡を残しました。本書は倫理学をテーマにした本ですが、その学術論も提示されています。目下、岩波書店から新しい『アリストテレス全集』も刊行中。

38:ライプニッツ
『ライプニッツ著作集第10巻 中国学・地質学・普遍学』(工作舎、1991)

ライプニッツもまた万能人(ルネッサンスマン)の好例です。その仕事の一端は、工作舎から刊行された著作集(全10巻)で垣間見ることができます。ここではその真骨頂を示した「普遍学」に関する論考を収めた第10巻を選びました。目下、工作舎から『ライプニッツ著作集』第II期全3巻が刊行中です。

39:寺田寅彦
『科学者とあたま』(STANDARD BOOKS、平凡社、2016)

地球物理学を専門としながら、他方では随筆の名手としても名高い寺田寅彦もまた、百学に興味を向けた人でした。その全貌を知るには『寺田寅彦全集』(岩波書店)をご覧になるとよいでしょう。本書はそのエッセンスを集めた一冊です。

40:南方熊楠
『南方マンダラ』(南方熊楠コレクション、河出文庫、2015)

百学連環の人といえばこの人を忘れるわけにはいきません。博物学者とでもいうほかにないほど多様な領域を探究した熊楠は、生物学者であり民俗学者という具合に、自然と人間の文化をともに視野に収めた人でした。全集は平凡社から出ています。

41:井筒俊彦
『読むと書く――井筒俊彦エッセイ集』(慶應義塾大学出版会、2009)

井筒俊彦は、イスラーム研究をはじめとして、ロシア文学論、神秘哲学研究、言語学、東洋哲学など、多方面に大きな足跡を残しています。先頃、2013年から刊行が始まった『井筒俊彦全集』(全12巻+別巻、慶應義塾大学出版会)が完結したところでした。本書には1939年から1990年までのエッセイが70篇収録されています。

42:三浦梅園
『三浦梅園 自然哲学論集』(尾形純男+島田虔次編注訳、岩波文庫、1998)

三浦梅園をご存じでしょうか。江戸の中頃(18世紀)に活躍した学者です。中国を経由してヨーロッパの天文学に触れて、従来日本で主流だった仏教や儒教の世界観とはまるで異なる世界観、森羅万象にかんする哲学を打ち立てました。

43:ウンベルト・エーコ
『完全言語の探究』(上村忠男訳、平凡社ライブラリー、2011)

ヨーロッパの思想史をそのつもりで眺めると、いかにして完全な言語を発見・構築できるか、どうしたらもっと普遍的な言語をつくれるかという関心が散見されることに気づきます。先だって惜しくも亡くなったイタリアの碩学エーコ自身、百学連環的人物でした。その彼がヨーロッパの言語思想史を縦横無尽に博捜した本書が面白くないはずがありません。

44:ヨハン・ホイジンガ
『ホモ・ルーデンス』(高橋英夫訳、中公文庫、1973)

オランダの歴史家ホイジンガは、本書『ホモ・ルーデンス』で、遊びこそが人間の文化や営みの根底にあると、それまで学術において軽視されてきた「遊び」の意味と価値に人びとの目を向け直しました。ホイジンガの博覧強記はもちろんのことですが、遊びを中核とした百学連環具合も本書の読みどころです。

45:荒俣宏
『アラマタ大事典』(講談社、2007)

46:高山宏
『かたち三昧』(羽鳥書店、2009)

荒俣宏と高山宏の両宏こそは、目下の日本における百学連環的知性の双璧といってよいでしょう。一方は博物学、他方は英文学というベースを持ちながら、脱領域的としかいいようのない広がりを湛えたお二人の仕事は、知の楽しさを存分に味わわせてくれます。『世界大博物図鑑』(平凡社)や『新人文感覚』(全2巻、羽鳥書店)といった大著もぜひお手に。

47:三宅陽一郎
『人工知能のための哲学塾』(BNN、2016)
目下三度目の人工知能ブームが到来中ですが、依然として大きな謎が残り続けています。「知能」とはなにかが分からないのです。ゲームの人工知能をつくりながら、この難問に挑む三宅さんは、科学と工学の知見はもちろんのこと、なにより哲学の力が必要だと指摘します。哲学の概念が、そんなふうにも活用されうるのかという観点からもたくさんの示唆を与えられること請け合いの一冊。

48:山本貴光+吉川浩満
『脳がわかれば心がわかるか』(太田出版、2016)

ここに入れるのはおこがましい限りですが、古来哲学における難問中の難問として現在に至るまで議論の続く心脳問題を、哲学と科学にまたがって整理・検討した拙著です。


E. 百学連環的小説
小説もまた、そのつもりで見ると百学連環的であることが分かります。というのも、小説とは長短を問わず、そこに一つの世界が描かれるからです。ここでは、そうした小説のなかでも、特に百学連環的といいたくなるようなものを集めてみました。

49:アイザック・アシモフ
『ファウンデーション』(岡部宏之訳、ハヤカワ文庫、1984)

文明が衰退期に入った未来の世界。そこで人類が選んだのは、たとえ世界が暗黒の時代になろうとも、改めて復興できるようにあらゆる知識を集めておくことでした。「銀河大百科事典」編纂という気の遠くなるようなプロジェクトの行方はいかに。

50:フローベール
『ブヴァールとペキュシェ(抄訳)』(菅谷憲興訳、ポケットマスターピース07、集英社文庫、2016)

たくさんの知識を集めればそれでいいのか。フローベールはこの『ブヴァールとペキュシェ』で、好奇心旺盛でつぎつぎといろいろなテーマについて研究する二人の男を描いています。結局いろいろ手を出すものの、どれも身につかないという皮肉な状況は、なにゆえ生じたのか。日々、断片的な知識が目に入る私たちの置かれた状況も重なってみえてきます。

51:ボルヘス
「バベルの図書館」(鼓直訳、『伝奇集』、岩波文庫、1993)

アルファベットで書きうるあらゆる文字の組み合わせを記したすべての本を収める図書館。そこにはこれまでに書かれた全ての本だけでなく、これから書かれるあらゆる本もあり、また、人類一人一人の運命を書いた本もあるはず。ただし、広大な図書館からどうやってその一冊を見つけられるのか......

52:ナボコフ
『青白い炎』(富士川義之訳、岩波文庫、2014)

この小説は、ある文学研究者が刊行した詩の注釈書というかたちをとっています。注釈書といえば拙著『「百学連環」を読む』と同様、対象とする文章を徹底的に読み抜こうとする営みであります。ただしそこはさすがのナボコフ。注釈のなかで物語が展開し、だんだんと何を読んでいるのか分からなくなってゆく楽しさを味わえます。

53:夏目漱石
『吾輩は猫である』(岩波文庫、1961)

この作品、実は苦沙弥先生をなんにでも関心を持つ人文学者と見立てると、そこに美学、科学、文学、哲学をはじめ、いろいろな学芸が集って議論を戦わせる学術バトル小説として読めるのではないかと睨んでおります。それをネコという動物が眺めているのがまた一興。

54:ハーマン・メルヴィル
『白鯨』(上中下、八木敏雄訳、岩波文庫、2004)

小説とは多かれ少なかれ世界をひとつ描きだすという意味で百学連環的創作といえますが、なかでもこの『白鯨』は、鯨をまさしく百科全書的に描きとろうという途轍もない野心作です。人は言葉と知識で、鯨にどこまで迫れるのか。文芸が到達した一つの極北です。

55:ミラロド・パヴィチ
『ハザール事典――夢の狩人たちの物語』(女性版男性版、工藤幸雄訳、創元ライブラリ、2015)
歴史から消え去ったハザールという民族について綴られた物語。ただし、通常の小説とちがって文章は線状に進まないのでご注意を。書名のとおり「事典」の形式をとっていて、全体が複数の項目からなっています。分解して相互に関連づけるというスタイルの効果をとくとご賞味あれ。

56:大西巨人
『神聖喜劇』(全5巻、光文社文庫、2002)

1942年、対馬要塞の重砲兵聯隊に新兵として配属された東堂太郎陸軍二等兵は、何事につけても醒めた目をもつ虚無主義者。だが、過酷で理不尽な新兵教育に接し、静かに抵抗を開始する。その武器は、驚異的な記憶力。入隊前に読んできた哲学思想書や文学書をはじめ、軍律ほかを諳んじ、記憶と言葉によって上官と軍の不条理に立ち向かう。


F. 知図――知のヴィジュアライゼーション
厖大な知をマッピングして一望しようと思ったら、文字を並べるだけでは足りません。やはりどうにかして知を図にしたいものです。近年、インフォグラフィクスと呼ばれる表現手法も発展していますが、そこでは平面や空間に、文字や図をどのように配置したらよいかというデザインの発想もおおいに関わります。

57:マニュエル・リマ
『THE BOOK OF TREES――系統樹大全:知の世界を可視化するインフォグラフィックス』(三中信宏訳、BNN、2015)

58:三中信宏
『系統樹曼荼羅――チェイン・ツリー・ネットワーク』(NTT出版、2012)

知識や事物の関係を図にしようという場合、さまざまな工夫の仕方がありえます。ただし、そこに時間の経緯や変遷をあらわそうとすると、これがなかなか難しい。系統樹とは、根から幹、幹から枝葉へという樹木のたとえを借りて、言うなれば時間の流れを組み込みながら、事物や知識同士の関係をあらわせる図形。この二冊をあわせ読めば、樹形図によってどれほど多様なことがらが整理されてきかも分かるはず。その上で、自分でも使える道具にしてしまえばさらにステキ。

59:永原康史
『インフォグラフィックスの潮流――情報と図解の近代史』(誠文堂新光社)

60:マニュエル・リマ
『ビジュアル・コンプレキシティ――情報パターンのマッピング』(久保田晃弘監修、奥いずみ訳、BNN、2012)

増え続ける情報やデータを、どうしたら一望してとらえやすくできるか。これは古来現在にいたるまで、そしてこれからも、人類にとって課題であり続けることでしょう。というのも、人間の知覚や認知能力には限界があるからです。では、どのように編集し、表現したら、人間にとって利用しやすい形になるか。この二冊は、そうした歴史と最前線での試みを垣間見させてくれます。

61:杉浦康平
『時間のヒダ、空間のシワ』(鹿島出版会)

62:松岡正剛
『情報の歴史』(NTT出版)

63:Daniel Rosenberg and Anthony Grafton, Cartographies of Time: A History of the Timeline (Princeton Architectural Press)
時間という、直には目に見えないなにかをどうやって可視化するか。系統樹以外にもさまざまな創意工夫がなされてきました。とりわけ昨今各種デザイン方面でよく言われるUI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンス=ユーザー体験)に関心のある向きなら、これらの三冊は必見必携。とりわけローゼンバーグとグラフトンによる『時間の地図作成法』は、時間がどのように図示されてきたかという歴史を辿る本。展覧会図録のように多数の作品(図)を示して解説を加えるスタイルで、眺めるだけでも楽しい一冊。フィルムアート社から刊行予定で、山本貴光と吉川浩満が翻訳中。

64:Katy Börner, Atlas of Science: Visualizing What We Know (MIT Press, 2010)
65:Katy Börner, Atlas of Knowledge: Anyone Can Map(MIT Press, 2015)
科学(サイエンス)と技術を中心として、その歴史や営みを、豊富な図版をつかってマッピングしている二冊。まさに「アトラス(地図帳/図版集)」の名にふさわしい労作です。この延長上で、学術の全域をヴィジュアライズしたらどうなるか。夢想も膨らみます。

66:エレツ・エイデン+ジャン=バティースト・ミシェル
『カルチャロミクス――文化をビッグデータで計測する(阪本芳久訳、草思社、2016)

コンピュータとネットの普及によって、厖大なデータを扱えるようになりました。そこには電子化された書物や音楽、映像なども大量に含まれています。では、こうしたデータを、コンピュータの力で、人間の手作業では不可能な規模で処理したら、何が見えてくるか。ここには新しい文化の見方と方向が提示されています。


G. 精読の技法――人文学と文献学
なにかを読もうというとき、さまざまな読み方があります。拙著でやってみたのは、超のつく遅読でした。つまり、読もうとする文章の一言一句をけっしておろそかにせず、可能な限り読み抜こうという姿勢です。こうした本の読み方を身につければ、どんな勉強をするときにも役立ちます。最後にそうした精読の技法を知るための手がかりをいくつか。

67:イアン・レズリー
『子どもは4000回質問する――あなたの人生を創る「好奇心」の驚くべき力』(須川綾子訳、光文社、2016)

なにかを読むとき、実は最も重要なのが「好奇心」です。言い換えれば、なにか疑問をもって物事を眺めること。ともすると分かったつもりになってしまったりもしますが、人間、分かっている(と思い込んでいる)ことについては、それ以上ことさら探究しようと思わない道理です。本書では、どうしたらそんな好奇心を育めるのかを探っています。

68:安酸敏眞
『人文学概論――新しい人文学の地平を求めて』(知泉書館、2014)

69:アウグスト・ベーク
『解釈学と批判――古典文献学の精髄』(安酸敏眞訳、知泉書館、2014)

70:竹村英二
『江戸後期儒者のフィロロギー――原典批判の諸相とその国際比較』(思文閣出版、2016)

71:James Turner, Philology: The Forgotten Origins of the Modern Humisum (Princeton University Press, 2015)
72:Edited by Sheldon Pollock, World Philology (Harvard University Press, 2015)
古来、文章をよく読む技法を培ってきたのは、人文学(Humanities)と呼ばれる学問領域でした。自分たちとは異なる時代や文化で書かれた文章を、どうしたらよりよく読み解くことができるのか。この切実なモンダイに対して、人文学や文献学(Philology)を中心にさまざまな技法や考え方が編み出されてきました。ここに集めた五冊は、そうした人文学と文献学の経緯や粋を集めた書物です。ジェイムズ・ターナーの『文献学』はルネッサンス期にヨーロッパで古典再読をきっかけに花開いた文献学の歴史を辿る本。ポロック編の『世界の文献学』は、世界各地での文献学の営みを論じた論集です。

73:ピーター・メンデルサンド
『本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』(綿谷由依子訳、フィルムアート社、2015)

私たちが文字を使ってものを読み書きするようになってから、少なくみつもっても五千年ほどが経っています。でも、いまだによく分かっていないことは、本を読むときに何が起きているのかということ。ブックデザイナーでもある著者が、文学作品を題材にして、本を読むとき、私たちの心身で生じているかもしれない現象に迫る類例のない本。

74:安田登
『身体感覚で『論語』を読みなおす。古代中国の文字から』(春秋社、2009)

本を読むとき、つい忘れがちなのが身体です。ものを読むととき、文字を目で追うし、目にした言葉を脳裏で解釈するしで、どちらかというと身体は無縁な感じがするものです(読書好きの人は運動が苦手というステレオタイプもこれと関係ありそう)。能楽師である安田さんは、『論語』を身体感覚で読もうと提案します。そのつもりで見れば、漢字のそこかしこにも身体が関わっており、『論語』そのものも身体の動きや変化に根ざしていることが見えてくるという次第。本の読み方が変わります。


「じんぶんや」とは?

jinbunya.gifこんにちは。じんぶんやです。
2004年9月、紀伊國屋書店新宿本店に「じんぶんや」という棚が生まれました。

「じんぶんや」アイデンティティ1
★ 月 が わ り の 選 者
「じんぶんや」に並ぶ本を選ぶのは、編集者、学者、評論家など、その月のテーマに精通したプロの本読みたちです。「世に溢れかえる書物の山から厳選した本を、お客様にお薦めできるようなコーナーを作ろう」と考えて立ち上げました。数多の本を読み込んだ選者たちのおすすめ本は、掛け値なしに「じんぶんや」推薦印つき。
「じんぶんや」アイデンティティ2
★ 月 が わ り の テ ー マ
人文科学およびその周辺の主題をふらふらと巡っています。ここまでのテーマは、子どもが大きくなったら読ませたい本、身体論、詩、女性学...など。人文科学って日々の生活から縁遠いことではなくて、生きていくのに案外役に立ったりするのです。

ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いします。

【じんぶんや】山本貴光選
知と言葉の連環を見るために

場  所 紀伊國屋書店新宿本店 3F-I28棚
会  期 2016年9月26日(月)~11月25日(金)
お問合せ 紀伊國屋書店新宿本店3階 03-3354-5703

2016.10.07 イベントに行こう