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科学の女神ここに微笑む『サバからマグロが産まれる!?』【ノンフィクションはこれを読め!HONZ】

サバからマグロが産まれる!?

サバからマグロが産まれる!?

吉崎悟朗 / 岩波書店
2014/10出版
ISBN : 9784000296311
価格:¥1,296(本体¥1,200)

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ヤマメからニジマス?精巣の細胞から卵?数々の失敗を乗り越えて常識を覆す発見をしつつようやく光が見えてきた。サバが産んだマグロたちがびゅんびゅんと大海原を泳ぎ回る日は近い!?

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どんな研究がいい研究か?いろいろな考えがあるだろうけれど、わかりやすい研究がいちばんだ。気の利いた小学生高学年の子にわかるように説明できる研究、というのがひとつの条件だと常々思っている。この本の著者である吉崎さんの研究目的はほんとうにわかりやすい。小学生どころか幼稚園児でもわかるかもしれない。サバにマグロを産ませようというのだ。ほ乳類ではないのだから、より正確には、サバの体の中でマグロの卵子と精子を作らせようという研究だ。

研究には基礎研究と応用研究がある。この研究、目的としては応用研究である。乱獲がたたり、クロマグロが減少している中、近畿大学がクロマグロの完全養殖に成功したという話は有名だ。吉崎さんの夢はもっとでっかい。養殖ではなくて、クロマグロの稚魚を大量に作って、大海原に放流しようというのだ。しかし、採卵するには、100キログラムにもなるまでクロマグロを育てなければならない。そのためには、直径100メートルもの生け簀と4~5年もの歳月が必要になる。それでは採算があわない。かわりに、300グラムくらいのサバを使えば、水槽で飼育が可能になり、期間も1年間。さらにホルモン処理による排卵調節やいろいろな遺伝子バックグラウンドのマグロの卵産出なども簡単にできるようになる。

そんなことできるんか。だいたい、タイトルに『!?』がついとるがな...。しかし、できそうなのである。そこまでいたる吉崎さんの研究の歴史、おもしろいしわかりやすい。あとからたどれば、これしかないというほどの一本道だ。もちろん実際は違う。

研究というのは段階的なものだ。いくつかの理由で、サバにマグロを産ませるというのはハードルが高い。まず、吉崎さんが取り組んだのは、近縁種、どちらもサケの仲間、であるヤマメにニジマスを産ませるというテーマ。研究戦略そのものはシンプル。始原生殖細胞という細胞がある。これは、発生の初期に存在する、将来、オスでは精子、メスでは卵子になる細胞だ。この始原生殖細胞をニジマスからとってきて、ヤマメの仔魚に移植する。始原生殖細胞というのは、ある意味、便利な細胞で、わざわざ精巣や卵巣に移植してやらなくとも、腹腔に注入してやると、ちゃんと自分の居所を見つけて、精巣や卵巣に居ついて、精子や卵子になってくれる。

こう書くと簡単に見えるが、実際にはそうでもない。ひとつは仔魚の小ささである。サケ類の仔魚は比較的大きく生まれてくるとはいうものの、その腹腔に細胞を注射するには、ある程度の器用さと熟練を要する。もう一つは、始原生殖細胞が仔魚のどこにあるかわからないことだ。それを知るために、吉崎さんは、下村博士がオワンクラゲから発見してノーベル賞に輝いた緑色蛍光タンパク(GFP)を利用した。それまで不可能と考えられていたのであるが、偶然読んだ論文からヒントを得て、ある工夫をしたらうまく始原生殖細胞をGFPでマークできた。世の中には運のいい研究者と運のない研究者がいる。吉崎さんは、まちがいなく前者だ。もちろん、運も実力のうち。

もうひとつ、とんでもない幸運に恵まれた。それは、吉崎さんが、というよりも、奥津君という「あまり勉強は好きでないけれど情熱があって魚が大好き」な学生が。その奥津君、たぶん不器用なのだろう。始原生殖細胞の注射がうまくできない。それができなければ話にならない。たとえGFPで見えるようにしたとしても、もともとが数の少ない細胞である。そんな貴重な細胞をどんくさい(失礼!)学生に無駄にされてはたまらない。そこで、練習として、将来的に精子にしかならない精原細胞を使いなさいと命じられた。その細胞なら、大量に採れる。

さて、練習しなさいといわれたら、あなたはどうするだろう。この研究では始原生殖細胞を10個程度、腹腔に注入する必要がある。何万個も精原細胞があったとて、最終的な目的は10個の細胞の注射なのだから、ふつう10個でやるだろう。奥津君は違った。一万個、二万個という単位で移植していたのだ。わけわからん...。吉崎さんに相談していたら、そんなにたくさん使わずに10個でしなさい、と(たぶんあきれながら)指導されていたはずだ。しかし、何が幸いするかわからない。このちょっとアホ実験がよかったのだ。10個程度の精原細胞の移植ではダメなのであるが、大量に移植したために、なぜかうまく精巣に移動して精子を作ったのだ。

話はこれで終わらない。精原細胞というのは、正常な状態では精子にしか分化しないので、本来ならオスにだけ移植したいところだ。しかし、移植する仔魚の段階では、オスかメスかわからない。だから、当然、メスにも移植していた。そ、そうすると、な、なんとなんと、精子にしか分化しないはずの精原細胞が、メスの体の中では、卵巣において卵になることがわかったのだ!まがうことなく、常識に反する大発見。セレンディピティーここにきわまれり。まさしく科学の女神が奥津君に微笑みかけたのだ。

マグロの仔魚は得ることすら困難な上に、一匹あたり始原生殖細胞が5~6個しかない。精原細胞が卵になるという信じられない成果がなければ、事実上、サバにマグロを産ませることは不可能であったはずだ。ん?どういうこっちゃ。吉崎さんのすごいところは、そういうことを考えずに、この研究に取り組み始めていたことだ。はっきり言いたい。はじめにもうちょっと考えておけよ、と。しかし、考えていたら、この研究を始めていなかっただろう。結果オーライ、うまいこといったもん勝ち。科学というのはおもしろいものだ。ひょっとしたら、科学の女神は、あまりにおもろかったので、微笑みどころではなく、爆笑して、チーム吉崎にご褒美をあたえたのかもしれない。

ほかにもいろいろなことをひとつずつ克服して、ようやく、ほんとうにサバがマグロを産む(かもしれない)ところまできている、というのが現状だ。最初に書いたように、サバにマグロを産ませるのは応用研究である。その応用研究をしながら、画期的な基礎的成果が生まれるというのは、めったにない。吉崎さんたちのはそういう研究、掛け値なしに素晴らしい研究だ。

魚の顔色を見ることでいろんなアイデアが浮かびます。これができたらすごいなとか、こんなこともできるのではないかとか「魚飼いならでは」のアイデアが浮かぶのです。これは論文を読んでいるだけでは絶対浮かびませんし、試験管をふっているだけでも浮かばないと思います。

私も含めて多くの生命科学研究者はこういったあたりまえのことを忘れてしまっているのではないか。人里離れた実験場で魚にエサをやるといった泥臭さの中から原石を見つけ出して磨き上げる。こんな研究をしてみたい。生命科学の研究者として、心からうらやましく思う。

私の研究テーマの一つはマウスの始原生殖細胞である。その関係から、吉崎さんの発表を聞いたことがあるし、たぶん、言葉も交わしたと記憶している。ずいぶんと前のことだが、実に生き生きした研究者だという強い印象が残っている。この日本分子生物学会での吉崎さんのプレゼンを見たら、きっとあなたもそう思うだろう。

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著者グリーンバーグは、アラスカ、ノルウェー、ギリシャ、ベトナム、ハワイを旅し、持続可能な魚資源の考え方を探る一方、地元ニューヨークからは乗合釣り船で沖を目指し、タラ、マグロの一本釣りに挑む。単なる禁漁と養殖だけが持続可能な魚資源のための解決策ではないと著者は言う。

魚を養殖すると、育てやすい遺伝子をもった個体だけが選別され、遺伝子多様性が損なわれてしまう。吉崎さんらの研究成果は、そういった危険性に対する防護策としての応用も可能だ。

(『ノンフィクションはこれを読め!HONZ』2014年12月14日掲載)

仲野 徹
1957年、「主婦の店ダイエー」と同じ年に同じ町(大阪市旭区千林)に生まれる。大阪大学医学部卒業後、内科医から研究の道へ。京都大学医学部講師などを経て、大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。 http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/nakano/ ノンフィクション、とりわけ伝記が好き。それが昂じて専門誌に「なかのとおるの生命科学者の伝記を読む」を連載。単行本(学研メディカル秀潤社)として上梓したところ、成毛代表の目にとまりHONZに参加。書籍購入費の抑制、および、仕事と飲酒と読書のバランスとれた鼎立、が永遠の課題。

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2015.01.28 書評で読む  サイエンス 社会