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【帰ってきた ル・キノ美ジュ】特集「美術は世の中に必要でしょう。では、美術書は必要でしょうか?」

『帰ってきた ル・キノ美ジュ』刊行にあたり、美術書と深い関わりのある職業から、三菱一号館美術館館長の高橋明也さん、プリンティングディレクターの高柳昇さん、武蔵野美術大学美術館・図書館の本庄美千代さんに、「美術は世の中に必要でしょう。では、美術書は必要でしょうか?」というテーマでご自身のご職業のお立場から語っていただきました。

☞ 魅力ある美術書の企画が必要
高橋明也さん

キノ美ジュ高橋さん本棚.jpg Webの世界が急速に拡散し、デジタルを表現媒介とする美術は領域を広めている。そんな昨今の世界で「美術書が必要か?」という問いが投げかけられるのも当然かもしれない。一般書籍でさえ、解体され「自炊」され小説も配信によって読む時代に、重くて嵩張り本棚から移動するのもシンドイ「美術書」は、もしかすると石器時代の遺物のようにみなされかねない。
実際、以前には華やかだった各大手出版社の「○○美術全集」の類は、バブル崩壊以降、まるで氷河期に直面した恐竜のように殆ど死滅してしまった。記憶を辿れば、70年代前後、当時の家庭には必ず一セットくらいの美術全集が置かれていたような気がする。その意味では、これも殆ど消え去った、各家庭に「一台のピアノ」、「一セットの『ブリタニカ』」などと共に、戦後日本の自称「中産階級」の文化幻想を担ったのが美術全集だったのだろう。ついでに、それを牽引した美術の編集者の人も、「一度全集の監修をすれば家が一軒建つ」と言われたほど隆盛を誇った監修者の先生方も、大方は退職したり鬼籍に入ったりして居なくなってしまった。そしてご存知のように、後には荒涼とした砂漠のような光景が広がるだけである・・・。
 もちろん、こうした一時期の日本の美術書ブーム自体には、大いに人々の美術的教養を増やした効能もあり、なかなかその功罪は問い難い。ただ、これは我が国の特殊事情であったことは間違いないだろう。
 他方、今でも欧米に行けば、どこの国でも相変わらず美術書は花盛りである。贈り物用の絵画、建築、写真などに関する豪華な書物から、研究論文満載の展覧会カタログ、そしてさまざまな趣向を凝らした一般向き、専門家向きの本の数々が書店の棚を飾っている。溢れ出る新刊の数々に戸惑うこともしばしばだ。それに引き換え我が国では、今やちょっとした画家の画集を出版することも難しい。長引く出版不況の中で美術書は利益の上がらない、リスクの高いジャンルに入ってしまい、それを打開しようとするほどの「美術愛」のある出版人も簡単には現れないようだ。
 美術館の来館者を見ていても感じることだが、決して人々の美術への欲求が低下したわけではなく、かえって昔より愛好家の裾野は広がったようにも見える。しかし美術出版における彼我のこの違いはどこから来るのだろうか? 狭い、日本の家屋の特殊条件が原因だろうか? でもよく思うのだが、結局は、子供の頃からの習慣が大きいのではないだろうか? 12歳頃までに親と一緒に美術館を訪れたことがない子供は生涯美術館には無関心だ、と一般に言われる。
美術書もしかり。子供の頃に美術の本をめくって、そこに愉しみや驚きを見出す経験がないと、大人になってその習慣を付けるのは困難だ。海外の美術館で羨ましいのは、所蔵品の豊富さと共に、常設の展示作品の前にいつも先生を中心に小さな子供たちの輪ができていることだ。今の日本でそうした光景が殆ど見られないのは、本当に憂慮すべき事態だという気がしている。まずは親や先生たちが手軽に愉しむことがなければ、子供たちには伝えられない。その意味でこれからは、かつての「○○美術全集」とは発想を異にした、幅広い年齢層のニーズに応える、魅力ある美術書の企画が必要なのだろう。

キノ美ジュ高橋明也さん.jpg寄稿者紹介
高橋 明也(たかはし・あきや) 三菱一号館美術館 館長
美術史家、三菱一号館美術館初代館長。東京都出身。
東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。ドラクロワやマネを中心とする19世紀フランス美術史専攻。1980年より2006年まで国立西洋美術館研究員。1984年から86年にかけて文部省在外研究員としてパリ・オルセー美術館開館準備室に客員研究員として在籍。国立西洋美術館主任研究官・学芸課長を経て2006年、三菱一号館美術館初代館長に就任。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックによるポスター及びリトグラフ250点あまりの「モーリス・ジョワイヤン・コレクション」を館として購入、所蔵作品の核に据えた。2010年10月フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受章。

☞ 利便性は上回る事一等
高柳昇さん

キノ美ジュ高柳さんオフィス.jpg 「美術書は必要ですか?」と問われれば、鑑賞者としてもプリンティングディレクターとしても、 美術書は必要不可欠であると答える。美術書は、時の経過とともに色あせる作品の記憶を、初めて作品に触れたときの感動を、本を開くたびに甦らせてくれる。鑑賞者にとっては便利で誠にあり難い。
 一冊の美術書を作るにあたり、著者(写真家、画家等)、編集者、デザイナー、プリンティングディレクターが品質に関わっており、各々の役割を熟知したチームプレイが重要である。私自身、年間50冊程度の写真集を受注している。その多くは、写真家や編集者、デザイナーの指名を受ける。プリンティングディレクターの役割は、鑑賞者が作品の素晴らしさや、作家の情熱を感じるような製版、印刷をすることだろう。つまり、写真集であれば、臨場感、空気感、あるいは写真家の意図する写真表現をいかに印刷に反映させるか。図録や画集、複製であれば、原蹟(現物)にいかに色味(雰囲気)を近づけるか。とはいえ、この色のコントロールがなかなか難しい。読者が写真集を見るとき、写真家がシャッターを切った正にその瞬間に立ち会っていたかのような錯覚を覚える、そのような臨場感を醸し出す印刷。それが私の目指す印刷の最高品質である。
 かつて、石元泰博写真集『桂離宮』(六耀社)を製版したとき、石元さんのモノクロプリント作品を観た。そのときの感動は忘れられない。写真の隅々にまで行き届いた石元流のこだわり、構図の取り方、焼き付けの見事さ。それは正に、作品に凛とした厳しさとある種の凄味すら与えていた。個々の作品は明部の調子が飛ばずに、中間部の調子も豊かで、さらに暗部の調子も潰れていない。本当に素晴らしいモノクロプリント作品であった。
 同時に、この写真作品を写真集にすることの難しさに身の引き締まる思いでもあった。製版にあたりモノクロ写真の微妙な色味、階調をどのように再現するか。暗部(黒部)の濃度(黒の締り)をどのように印刷で再現するか。可能性のある製版方法をいく通りも考え抜いた末、最善の方法はトリプルトーン(墨版、グレイ版、硬調グレイ版)に色ニスと決定した。製版設計は、墨版で全体の階調を出し、グレイ版で明部から中間部の階調不足を補い、硬調グレイ版で暗部(黒部)の濃度不足を補い、色ニス版で微妙な色味を付け足す。そんな4色による製版印刷方法である。後日、石元さんとお会いした折、今回の桂離宮の出来が一番良いとの評価をいただき肩の荷が下りた思いであった。
 また、書画の複製も長年に渡り手掛けてきた。良寛の書(二玄社、芸術新聞社)、ボストン美術館所蔵の歌麿の浮世絵(芸術新聞社)、台湾故宮博物院や上海博物院の所蔵する作品(二玄社)などの複製である。故宮博物院収蔵物の複製は東晋時代から清初時代(紀元300年から1700年代)に至る書画、およそ403件を複製した。最高品質を目指すため製版は12色が必要であり、印刷は4色ずつ3回印刷して完全複製を目指した。当時はフィルム製版であり、最高の品質を目指すため撮影は11×14インチフィルムの原寸撮影である。原蹟(現物)は2メートルを超える大作もあり、撮影には20カット以上の部分撮影を必要とした。この部分カットを12色に分版し、手作業で集版をする作業は膨大だった。校正刷を出しては、故宮博物院に運んで現物校正、その繰り返しである。そのため複製完成には20年以上の歳月を要した。現在、故宮博物院には真蹟の劣化を防ぐため、当社の複製が真蹟と一緒に陳列されている。完成した複製品を見た故宮博物院院長から「複製は真蹟を下る事一等、但し、その利便性においては真蹟を上回る事一等」との評価をいただいた。
 私見ではあるが「利便性は上回る事一等」、美術書の存在意義はこの辺りにあるのではないだろうか。身近なところで、いつでも写真集や図録、複製を通して美術作品に触れられる。時には鑑賞者に、さらに興味を深めてもらう機会になる場合もあるだろう。
 プリンティングディレクターとして、今後も利便性とともに、印刷品質で「現物と同等、あるいは上回る事一等」を継続して目指したいと思う。ただ、残念なのは仕事柄、一鑑賞者として美術作品を観られない事である。写真展会場でもプリント作品の色調や濃度を、書作品であれば墨の色や濃淡を、絵画であれば画材は何か、マチエールはどうかなど、仕事に関係する見方になってしまう。
 いつの日か何も考えず、ゆったりと作品を心行くまで鑑賞したいものである。だがその時は、印刷で色をコントロールする楽しさを味わえなくなるが。

キノ美ジュ高柳昇さん.jpg寄稿者紹介
高柳 昇(たかやなぎ・のぼる)
株式会社東京印書館のプリンティングディレクター。年間50冊以上の写真集、美術館博物館の図録、書画複製等のプリンティングディレクトをする。主なディレクト写真集は、田原桂一『パリ・オペラ座全4巻』(文献社)、鬼海弘雄『ペルソナ』(草思社)、須田一政『風姿花伝』(Akio Nagasawa Publishing)、江成常夫『鬼哭の島』(朝日新聞出版)、本橋成一『屠場』(平凡社)、森山大道『NAGISA』(Akio Nagasawa Publishing)ほか多数。

☞ 美術書の書架は"美術館"ですよ!
本庄美千代さん

キノ美ジュ本庄さんオフィス.jpg 愛書家で知られた壽岳文章は、「筆で書かれたり、活字で印刷されたりして一冊に綴じられた本、我々の思想を表現するばかりでなく、それを後世に伝えるのに一番重要な手段となっている書物というものが好きだ。」と述べていた。私も美しい書物が好きだ。
 私が勤務する美術大学の図書館では、全蔵書の半数が画集を含めた美術書で構成されている。しかしながら、それ以外の半数についても、美術書と無関係ではなく、「美術」というジャンルですべての資料が体系的かつ有機的に連関していることに目を向ける必要があろう。当館では開館以来、そうした資料や書誌的記録を体系的に順序づける分類法の採用によって、利用者の利便性を図り、また排架位置を限定するために、他の概念と区別し線的に排架することで体系的なアクセスを可能としてきた。その結果、「7類」に属する図書によって「美術書」の概念が形成されてきたといっても過言ではない。中でもとりわけ利用者に歓迎されている美術に類する大型本は、用紙や印刷技術、造本に至るまで贅沢な素材を使った豪華本であるだけでなく、それぞれの作家の感性と個性が表現された作品としての性格をもっている。そうした美術書は造本そのものが小さな美術館の世界を形づくっていると言えるだろう。言い換えると、図書館は美術書を収集することによって特別な展覧会でしか見ることのできない美術作品に出合える場を創出することができるのである。美術大学以外の図書館においても積極的に多くの美術書や美しい本を備えて欲しいと思う。
 一方で、館種を問わず図書館では「選書」という重要な役割を担っているが、近年では美術領域の拡大と概念の曖昧さも加わって「美術書」の範疇は変化してきており、分類の概念だけに頼って「美術書」を選ぶことには無理があると言えよう。そもそも美術は洞窟壁画に始まり建築や住まいの歴史と深く関わってきた。さらにそれらは装飾美術や生活美術、デザイン分野、写真分野とも関連性を持ちながら発展してきている。そして20世紀以降現代美術の領域では、その表現方法はますますボーダレスの時代になってきた。図書館に美術書を備えることは当然のことだが、自館において何がふさわしいかという困った問題に直面しているのも今日的なアートの世界と無関係ではないと思われる。美術書の選書には、建築、デザイン、イラストレーション、絵本、音楽に至るまで関心をもつことが求められる。図書館においては、出版社や書店から発行される出版案内や最新情報、また雑誌や学会誌をこまめにチェックすることは基本だが、必要なことは、個々の図書館の利用者ニーズを知ることが最も重要である。本学図書館の場合、学生が何を求めて図書館を利用するのか、授業や作品制作に資するための国内外を含めた美術関連の最新情報にアンテナを張ることが不可欠である。そのためには取引書店との信頼関係が大きな力となってくる。特に国内の出版社において美術書はほとんど採算度外視で計画される場合が多く、それだけに良質の美術書が送り出されている点も押さえておきたい。加えて美術大学ならではの視点から武蔵野美術大学出版局が手がける美術専門書や理論書があるが、これらもより多くの人に届いて活用して欲しいものである。
 美術書という観点から、ここ数年の動向でもっと関心をもって収集されるべき対象に展覧会カタログがあげられよう。展覧会カタログは、中には画集に近い高品質のものや、充実した展示によってこれまで明らかにされてこなかった事実や研究の成果が収録されたものなど、学術的な側面においてもその有用性が注目されるものが多い。しかし、残念ながら、展覧会カタログのもつ特有の性格もあり、国内の流通システムによって手に入れられるカタログは限られているのが実情である。美術館における展覧会が美術に触れる身近な場として開かれ、人々に学びと憩の場を提供していることを考えると、図書館は展覧会カタログの収集にもっと力を注ぎ、体系的なコレクションとして寄与する方向性が求められよう。

キノ美ジュ本庄美千代さん.jpg
寄稿者紹介
本庄美千代(ほんじょう・みちよ)
武蔵野美術大学美術館・図書館に勤務し、専門職の立場から貴重書のアーカイヴ構築、資料・文献調査、展示企画を仕事とする。主な企画編集に『世界の表象:オット・ノイラートとその時代』『博物図譜とデジタルアーカイブⅠ~Ⅴ』『しかけ絵本Ⅰ 技法の歴史』など。『絵本とイラストレーション』(武蔵野美術大学出版局)『絵本の事典』(朝倉書店)、論考に「Art Libraries Journal"Japan issue of Art Libraries Journal"」(ARLIS/UK & Ireland 2013, vol.38 no.2)ほか。



帰ってきたル・キノ美ジュ表紙.jpgル・キノ美ジュとは?
『ル・キノ美ジュ』は、日本で流通している美術書のカタログとして、美術書出版会と紀伊國屋書店が共同企画で2011年6月に第1号を制作し、多くの美術愛好家の方々からご好評をいただきました。
その後、続巻を望まれる声を多くお寄せいただき、今回、3年ぶりに第2号を制作いたしました。前回と比較して掲載点数、掲載頁ともに約150%のボリュームアップをし、一層充実した内容になっています。
店頭・外商のお客様に無料でお配りしていますので、ぜひ お近くの店舗で手に入れてみてください。


◆今回のカタログは電子書籍版も無料でダウンロードできます。ぜひKinoppyアプリでお楽しみください。

◆カタログ掲載書目リストはウェブストアでもご覧いただけます。

2014.06.02 特集[TOP]  アート 美