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【じんぶんや第81講】 若松英輔選「魂にふれる 死者がひらく、生者の生き方」

紀伊國屋書店新宿本店3階の月がわりブックフェア「じんぶんや」、今月の選者は若松英輔さん。「魂にふれる 死者がひらく、生者の生き方」というテーマで、じんぶんやにエッセイをいただきました。

若松英輔さんエッセイ「魂にふれる 死者がひらく、生者の生き方」

wakamatsu.jpg 死者は抽象的な概念ではない。実在である。
 むしろ、概念に留まっているのは「死」の方ではないだろうか。もっとも確実なことは人間が死ぬことであるとされている。これを疑う者は少ない。だが、死を経験した者は、この世には一人たりとも存在しない。死後の世界をかいま見たという者がいたとしても、その人物はそこで暮らしたことはないのである。
 『魂にふれる 大震災と生きている死者』という本を出した。この本を書くとき、決してすまいと心に決めたのは、死者を概念として論じることである。私にとって、死者論とは、現実世界に生きる生者が、いかに死者と共に生きるか、あるいは生きているかを問うことである。生者との関係を欠いた死者論は、ここでの問題ではない。それも私には概念に過ぎないように思われる。
 死者とは何かについて、さまざまな可能性を想定して論議を進めることもできる。だが、私たちにいま必要なのは、そうした論議の先に造り上げられる観念や仮説ではないだろう。なぜなら私たちは観念を生きたり、仮説と交わることはできないからである。
 静かに考えていただきたい。これまでの人生で、死者の存在を感じたことはないだろうか。ここでの死者とは、私たちのなかにある、亡くなった人々の思い出ではない。その人々は、「死」の後も臨在する不可視な隣人である。
 自分にその存在がはっきりと感じられないからといって、それをないことにしてはならない。最近、父を亡くしたが、彼がどれだけ深い愛情を内に秘めていたかは、彼が元気なうちは容易に分からなかった。だが、今ではそれを疑わない。私がそれを認識するかどうかは、その実在とは関係がない。
 死者はさまざまな瞬間に自らを顕わす。それは、私たちがある言葉を読んだとき、ある光景にふれたとき、芸術にふれたとき、ひとり沈黙の中に身をおいたときである。また、死者は突然、私たちの日常に介入することもある。死者の来訪は喜びだけでなく、悲しみを通じていっそう深く経験されることもあるだろう。死者を経験することはけっして困難ではない。むしろ、現代に生きるわれわれにとって難しいのは、自らの経験を信じることではないか。生者を守護することは、死者に託された神聖なる義務である。

 今回、41冊の本を選ぶにあたって、留意した点が三つある。一つ目は、現在入手可能な本であること、二つ目は、著者が「死者」であること。すなわちその作品を読むことが、死者である著者との対話になること。そして三つ目はその著作が、死者をめぐる書き手の切実な経験から生まれていることである。
 もちろん、現存する人々の中にもすぐれた死者論の書き手はいる。筆者が影響を受けた人物としては末木文美士、高橋巖、山形孝夫がいる。彼らの死者論を含む、入手可能な著訳書は以下の通り。
末木文美士『日本仏教の可能性』(新潮文庫)、『他者・死者たちの近代』(トランスビュー)高橋巖訳『シュタイナー 死について』(春秋社)、山形孝夫『砂漠の修道院』(平凡社ライブラリー)、『死者と生者のラスト・サパー』(河出書房新社)

若松英輔(わかまつ・えいすけ)さんプロフィール

1968年生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。批評家。(株)シナジーカンパニージャパン代表取締役。「越知保夫とその時代」で第14回三田文学新人賞受賞。その後『三田文学』に「小林秀雄と井筒俊彦」、「須賀敦子の足跡」などを発表し、2010年より「吉満義彦」を連載。また『小林秀雄―越知保夫全作品』(慶應義塾大学出版会、2010)を編集。著書『井筒俊彦―叡知の哲学』(慶應義塾大学出版会、2011)、『神秘の夜の旅』(トランスビュー、2011)、『魂にふれる 大震災と、生きている死者』(トランスビュー、2012)と立て続けに話題作を発表する。近著に、内村鑑三が妻の死を契機に書いた処女作『基督信徒のなぐさめ』を読み解きながら、彼の死者論にふれる『内村鑑三を読む』(岩波ブックレット、2012.07)がある。

魂にふれる 大震災と、生きている死者

魂にふれる 大震災と、生きている死者

若松英輔 / トランスビュー
2012/03出版
ISBN : 9784798701233
価格:¥1,944(本体¥1,800)

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私たちが悲しむとき、悲愛の扉が開き、亡き人が訪れる。
―死者は私たちに寄り添い、常に私たちの魂を見つめている。
私たちが見失ったときでさえ、それを見つめつづけている。
悲しみは、死者が近づく合図なのだ。
―死者と協同し、共に今を生きるために。【Bookweb書誌より】


若松英輔さん選書・コメント

小林秀雄 越知保夫全作品

小林秀雄 越知保夫全作品

越知保夫、若松英輔 / 慶応義塾大学出版会
2010/05出版
ISBN : 9784766417388
価格:¥2,592(本体¥2,400)

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若松英輔さんコメント 越知保夫は、近代日本の批評家のなかで、死者をもっとも直接的、かつ積極的に論じた人物である。彼にとっての死者は、形而上的実在であると共に、生者にとっての信頼すべき隣人でもある。彼は、50余年前に一冊の本も著さないまま亡くなったが、その遺稿集は、不死鳥のように、これまでにも幾たびもよみがえってきた。本書は、彼の全集だといってよい。一巻本に過ぎないが、この本はおそらく世紀を超えて残る一冊である。その「小林秀雄論」は、数多ある小林論のなかでも秀逸である。越知は、小林秀雄が『感想』や『近代絵画』で死者を語る以前に、小林の根本問題に死者論があることを指摘している。また、越知は、小林が『近代絵画』でリルケを語る前に、この二人が共鳴する精神であることを指摘している。小林とリルケの間に横たわる主題の一つに死者論がある。

小林秀雄全作品 22

小林秀雄全作品 22

小林秀雄(文芸評論家) / 新潮社
2004/07出版
ISBN : 9784106435621
価格:¥2,160(本体¥2,000)

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〈22〉近代絵画
若松英輔さんコメント この作品を的確に読んだ越知保夫と中村光夫が、ともに優れた小林秀雄論を残しているのは偶然ではない。この作品で小林は、死者である画家たちとの「対話」によって実在界、すなわち死者の世界へ参入しようとする。この作品は『本居宣長』に並ぶ小林秀雄の主著である。その最終章「ピカソ」において死者論が展開される。ピカソは親友を失い、のちに「青」を主調として次々に作品を描く。この時期は、のちに「青の時代」と呼ばれる。「青は冥府の色である」、そう言ったのはピカソの絵を見たユングだが、その言葉を引く小林秀雄もまた、ピカソの絵の彼方に死者を見ている。この作品の連載が終わってすぐに、あの「蛍」の経験が語られるベルクソン論、『感想』の執筆がはじまっているのは偶然ではない。

小林秀雄全作品 別巻 1

小林秀雄全作品 別巻 1

小林秀雄(文芸評論家) / 新潮社
2005/02出版
ISBN : 9784106435690
価格:¥1,836(本体¥1,700)

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〈別巻1〉感想(上)
若松英輔さんコメント この本には『感想』と「正宗白鳥の作について」が収められている。『感想』はベルクソン論であり、彼はそれを、亡くなった母親の臨在から語り始めた。「それは以後、私が書いたものの、少なくとも努力して書いた凡てのものの、私が露には扱う力のなかった真のテーマと言ってもよい」と小林自身が書いている。「それ」とは、死者である母親の臨在であり、死者論である。小林が歴史を語り、「悲しい」と書くとき、そこに彼は死者を感じている。「正宗白鳥の作について」は小林の絶筆である。そこで最後に小林が論じているのがユングだった。その先が書き継がれることがあれば、小林は『近代絵画』の「ピカソ」論を深化させたに違いないと私は思う。

小林秀雄全作品 別巻 2

小林秀雄全作品 別巻 2

小林秀雄(文芸評論家) / 新潮社
2005/03出版
ISBN : 9784106435706
価格:¥1,836(本体¥1,700)

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〈別巻2〉感想(下)
(「小林秀雄全作品 別巻1」と共通コメント)

マルテ・ラウリス・ブリッゲの手記

マルテ・ラウリス・ブリッゲの手記

ライナ-・マリア・リルケ、塚越敏 / 未知谷
2003/04出版
ISBN : 9784896420753
価格:¥3,672(本体¥3,400)

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若松英輔さんコメント 詩人とは、死者の思いを言葉にする者の謂いである、とはリルケの動かない信念だったと思われる。あるいは、死者の言葉を無私の精神によって表現する者は、詩を書かずとも「詩人」の魂を生きている、といえるのかもしれない。なぜなら、私たちは「詩」を書かない無垢なる魂から発せられる何気ない言葉にも、詩を読んだときのような衝撃を覚えることがあるからである。そうした人間の魂の遍歴を小説で表現したのが『マルテの手記』であり、美しいまでの死者への献身の記録が『ドゥイノの悲歌』である。

ドゥイノの悲歌

ドゥイノの悲歌

ライナ-・マリア・リルケ、手塚富雄 / 岩波書店
2010/01出版
ISBN : 9784003243237
価格:¥712(本体¥660)

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(「マルテ・ラウリス・ブリッゲの手記」と共通コメント)

ムッシュ-・テスト

ムッシュ-・テスト

ポ-ル・ヴァレリ-、清水徹 / 岩波書店
2004/04出版
ISBN : 9784003256039
価格:¥583(本体¥540)

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若松英輔さんコメント リルケは晩年、ヴァレリーと交流を深めた。リルケは彼の詩を翻訳もしている。二人の接点を論じることは、近代ヨーロッパにおける異教精神とは何かを考えることになる。近代になると、キリスト教は生者の倫理の色を濃厚に帯び、死者を語らなくなる。ヴァレリーを「神なき神秘家」と呼んだのはキャサリン・マンスフィールドだが、その意味はこの本を読むと肌で感じることができる。ここでの「神秘家」とは、実在を探究する者だと思ってよい。彼には、「神」という言葉で語られている、人間によって「造られた神」は、実在への障害になっても、導きになるとは思えなかった。テスト氏は、直接死者を語らない。しかし、「無名のひと、おのれを出し惜しむひと、告白することなく死んでゆくひと」と彼が言うのは、私たちのそばにいる寡黙な市民ばかりを指すのではない。沈黙を通じて自己を顕わす死者を語る言葉として読むとき、ヴァレリーが見ていた光景を、私たちもまた、目撃することになるだろう。

幸福論

幸福論

アラン、神谷幹夫 / 岩波書店
1998/01出版
ISBN : 9784003365625
価格:¥972(本体¥900)

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若松英輔さんコメント アランはヴァレリーと同時代者であり、互いに敬意を持ちながら、ある距離を保ち続けた。二人は表現の形式も、生き方も異なるから、相容れないように思われる。アランは一教師だが、ヴァレリーはフランス思想界ばかりか、時代精神を背負うような境涯に華々しく生きた。しかし、同時代にヴァレリーをもっともよく理解し得たのはアランではなかったか。逆もまた、言えるだろう。アランは無数のプロポ(断章)を新聞に書いた。ヴァレリーは彼の叡知の言葉を「カイエ(ノート)」に書きこんだ。また、二人に共通しているのは、共に「カルテジアン」と呼んでさしつかえないほどにデカルトを深く敬愛していたこと、そして死者に対する姿勢である。「死者たちは死んではいない。このことは、われわれが生きていることから、じゅうぶん明らかである」とアランは『幸福論』に言い、プラトン論では、死者であるソクラテスの饒舌にしばしばプラトンは困惑したのではないかと、プラトンの対話篇が、死者との「対話」から生まれたことを示唆している。デカルトもまた、流布しているような二元論者ではないことを、アラン、ヴァレリーの言葉が裏打ちしている。

プラトンに関する十一章

プラトンに関する十一章

アラン、森進一 / 筑摩書房
2010/12出版
ISBN : 9784480093455
価格:¥1,080(本体¥1,000)

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(「幸福論」と共通コメント)

かもめ/ワ-ニャ伯父さん

かもめ/ワ-ニャ伯父さん

アント-ン・パ-ヴロヴィチ・チェ-ホフ、神西清 / 新潮社
2004/11出版
ISBN : 9784102065020
価格:¥464(本体¥430)

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若松英輔さんコメント 越知保夫は『かもめ』を愛読した。彼はある作品で、『かもめ』を舞台で見た作家ジュリアン・グリーンが、強烈なヴィジョンに見舞われる光景にふれている。『かもめ』には、二つの「時」が流れている。生者が過ごす「時間」と、死者たちが生きる過ぎゆかない「時」である。チェーホフもまた、「神なき神秘家」と呼ぶにふさわしい人物だった。彼は「神」を語らない。しかし、「世界に遍在する一つの霊魂」(『かもめ』)を信じていた。人間もまた、その霊魂の一部である。霊魂が存在するなら、肉体の終わりは、何かの終わりではなく始まりになるだろう。『かもめ』を流れる「時」は、死が、新生の異名であることを示唆している。

神秘の夜の旅

神秘の夜の旅

若松英輔 / トランスビュー
2011/08出版
ISBN : 9784901510998
価格:¥2,592(本体¥2,400)

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若松英輔さんコメント 題名には書かれていないが内容は、越知保夫の評伝と、彼が提示したなかでもっとも重要だと思われる四つの鍵言語(「実在」、「死者」、「聖者」、「異端」)を、井筒俊彦、チェホフとガブリエル・マルセル、小林秀雄、須賀敦子との共時的対話のなかに読み解こうとした作品である。本書において死者論は、部分であるより、全体の基調となっている。それは批評家越知保夫の主題でもあったが、これを書くあいだ、作者(私)がいつも越知保夫を横に感じながら書いたためでもある。文学に限らない、芸術とは本来的に死者たちとの協同であることを経験させてくれた一冊だった。刊行は『井筒俊彦――叡知の哲学』の後になったが、この一冊こそ、批評家としての私の原点である。今も私は、越知保夫に「読まれる」ことを強く意識しながら作品を書いている。

リマ-ク 1997-2007

リマ-ク 1997-2007

池田晶子 / トランスビュー
2007/07出版
ISBN : 9784901510530
価格:¥1,944(本体¥1,800)

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若松英輔さんコメント 「死者/死体の謂ではない/生存ではない存在形式において存在する者/つまり異界の者/の思い為すこと、それが物語である。/死者の思い為しを生者は生きている/死者に思われて生者は生きている/したがって、生存とはそのような物語なのである」この一節にふれるだけでも、この本を手にする価値は十分にあるが、読者はさらなる深奥を見ることになるだろう。読書を経験に高めようとするなら、読み手はひとたび、書き手の言葉を信じなくてはならない。批判はそののちである、そういったのはアランである。本書によってその実践をお勧めしたい。

事象そのものへ!

事象そのものへ!

池田晶子、わたくし、つまりNobody / トランスビュー
2010/02出版
ISBN : 9784901510783
価格:¥1,944(本体¥1,800)

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若松英輔さんコメント 『事象そのものへ!』は実質的な処女作であり、『あたりまえなこと』は彼女の主著である。それぞれ一節を引く。「私たちは言ってきたではないか。『あの人は死んだけれども、私のこころのなかで、いつまでも生きている』と。素直に、あるいは、最後に手に入れた結晶のような想いとして。そして、すでにない人にむけて、ことばを紡ぎ続けるではないか。」(『事象そのものへ!』)。ここに池田晶子の哲学の秘密があり、私たちがいまも、彼女と言葉を交わし得ていることの根拠がある。もう一節。「死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、医療ではなくて言葉である。宗教ではなくて、言葉である。」(『あたりまえなことばかり』)。「死者と交通するのも言葉である」、そう加えても、池田は拒んだりはしないだろう。ここでの「言葉」が単なる「言語」ではないことは、この一節が響かせている律動が伝えている通りである。

あたりまえなことばかり

あたりまえなことばかり

池田晶子 / トランスビュー
2003/03出版
ISBN : 9784901510134
価格:¥1,944(本体¥1,800)

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(「事象そのものへ!」と共通コメント)

魂にふれる 大震災と、生きている死者

魂にふれる 大震災と、生きている死者

若松英輔 / トランスビュー
2012/03出版
ISBN : 9784798701233
価格:¥1,944(本体¥1,800)

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若松英輔さんコメント 今でもよく覚えている。2011年7月8日のことだった。電車に乗っていて、池田晶子の『リマーク1997-2007』の、死者をめぐる一節を読んだ。本書はこの経験を契機に生まれた。震災のあと、文学者ばかりか、宗教者までもが「死」を語り、「死者」において沈黙した。誰も「死」を知らないにもかかわらず、である。だが、「死者」は誰のそばにもいる。私たちは日々、そのことを感じているのではないだろうか。悲しみは、生者と死者を結びつける媒介者である。悲しみが必ずしもいつも否定的な感情でないことは、そこにしばしば感動が随伴していることからも明らかである。死者と生きるとは、その悲しみの奥にある意味を明らめることではないだろうか。

神秘哲学 ギリシアの部

神秘哲学 ギリシアの部

井筒俊彦 / 慶応義塾大学出版会
2010/12出版
ISBN : 9784766417296
価格:¥6,264(本体¥5,800)

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若松英輔さんコメント この本の序文で井筒は、実父の死にふれている。父親こそ、井筒の前に現れた最初の神秘家と呼ぶべき人物だった。彼はこの本を父に向けて、と言うよりも父と「共に」書いている。彼がこの本で「実在」と呼ぶのは死者としての人間の在り方であり、実在界とは彼らの「生きる」境域である。「感性的生命原理としての相対的自我の死滅は、ただちに超感性的生命原理としての絶対我の霊性開顕の機縁となる」、これを単に宗教的経験の表現であると思う者は、井筒がこの本で言う「神秘道」からは距離を置く者になるだろう。彼はこの本でことさらに死者を語らない。しかし、死者が存在し得ないなら、「死の道」である哲学は存在意義を失うことが、全編を貫く主調になっている。

意識と本質 精神的東洋を索めて

意識と本質 精神的東洋を索めて

井筒俊彦 / 岩波書店
1991/08出版
ISBN : 9784003318522
価格:¥1,155(本体¥1,070)

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若松英輔さんコメント 『意識と本質』は井筒俊彦の主著である。その副題には「東洋哲学の共時的構造化のために」と書かれている。井筒にとって「東洋」とは、「実在界」であり、共時的とは、時空の制限を超えて死者と語り合うことを意味した。「構造化」とは、その軌跡に論理の肉体を与えることである。この本に「死者」という術語は出てこない。井筒にとって死者と語り合うこと以外に哲学の始点はなかった。省察はいつもその対話の先にある。もっと明確な、生々しい彼の死者との対話をかいま見たい読者には、『読むと書く』にある、親友池田彌三郎への追悼文をおすすめしたい。彼はそこで臆することなく、死者の来訪を語っている。

読むと書く 井筒俊彦エッセイ集

読むと書く 井筒俊彦エッセイ集

井筒俊彦、若松英輔 / 慶応義塾大学出版会
2009/10出版
ISBN : 9784766416633
価格:¥6,264(本体¥5,800)

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(「意識と本質」と共通コメント)

井筒俊彦 叡知の哲学

井筒俊彦 叡知の哲学

若松英輔 / 慶応義塾大学出版会
2011/05出版
ISBN : 9784766418118
価格:¥3,672(本体¥3,400)

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若松英輔さんコメント この本を書いていて、いつも傍らに感じていたのは幾人かの死者たちである。そこには越知保夫と井筒俊彦も含まれる。また、本書を書きながら、私は何人もの「未知の死者」に出会ったように思う。彼らが語りかけてくれなければ、この一冊が生まれてくることはなかった。小辻節三、上田光雄、除村吉太郎、ルイ・マシニョン、皆、井筒が深く影響を受けた人物である。作品は生まれるべきときにしか生まれ得ない、至極当然のことだが、それはその「時」を逃せば書けない、ということも暗示している。この本は、次の一節で終わっている。「ここには、哲学は、死者を救い得るかという実存的な問題が横たわっている」、この言葉を読んだときのことは今でも鮮明に覚えている。ここにおいて自分が何を書いてきたのか、また、書いて行くのかを知らされたのだった。

後世への最大遺物/デンマルク国の話

後世への最大遺物/デンマルク国の話

内村鑑三、内村鑑三 / 岩波書店
2011/09出版
ISBN : 9784003311943
価格:¥583(本体¥540)

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若松英輔さんコメント いつか「死者の形而上学」を書くことができればと念じている。思索は生者のみでは完成せず、いつも死者の助力を必要としおり、死者はつねにそこに参与している、そうした実相に言葉の肉体を与え得ることを願っている。そのときに、近代日本を代表する死者論者として忘れてはならないのは内村鑑三である。死者が存在しなければ、内村は宗教者として生きることはなかっただろう。彼の信仰は常に来世と死者に開かれている。このことが、数多ある内村鑑三論で、ほとんど語られていないのが不思議でもある。拙著『内村鑑三を読む』はそのことにふれた。また、来たるべき「死者の形而上学」の序章ともいうべきものである。内村鑑三の神学は、悲しみの神学である。彼が明示したいと願ったのは、悲しみは避けがたい、しかし、悲しみはいつもその彼方に私たちを照らす光をたずさえているという、彼が生きた真実の経験だった。

内村鑑三をよむ

内村鑑三をよむ

若松英輔 / 岩波書店
2012/07出版
ISBN : 9784002708454
価格:¥540(本体¥500)

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(「後世への最大遺物・デンマルクの話」と共通コメント)

モオツァルト/無常という事

モオツァルト/無常という事

小林秀雄(文芸評論家) / 新潮社
2006/08出版
ISBN : 9784101007045
価格:¥594(本体¥550)

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若松英輔さんコメント 内村鑑三の思想が「悲しみの神学」であるなら、小林秀雄の批評は「悲しみの文学」である。小林が絶筆で内村鑑三を論じているのは機縁である。死者をめぐって、悲しみを経験したことがある人間は、悲しみの到来は忌むべきことではなく、むしろ恩寵であることをからだで知っているだろう。また、悲しみと感傷がまったく質を異にすること、そして、それが愁いと呼ばれるものとも違うことを知っている。小林秀雄の「モオツァルト」とは、母親の死を経験した彼が、そうした自己の経験を昇華させた作品にほかならない。「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」、ここので「モオツァルト」とは小林自身であり、また、それを読む私たちでもある。

仏教の大意

仏教の大意

鈴木大拙 / 法蔵館
1991/04出版
ISBN : 9784831871114
価格:¥1,620(本体¥1,500)

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若松英輔さんコメント 『日本的霊性』はおそらく、鈴木大拙の著作の中で、もっともよく読まれているものだろう。彼がこの本を書いたのは1944年、第二次大戦の末期である。彼は次々と戦地に行く人々を前に、人間の肉体が滅んでもなお残るもの、また、人間の生きる意味の根柢をささえる実在とは何かを問い、この著作を書いた。今日でもこの本は、「霊性」とは何かを語るときにいつも立ち返るべき作品である。だか、今、この本は果たして、大拙の悲願をすくいあげるように読まれているだろうか。彼はこの本を通じて「死」が終焉を意味するのではなく、むしろ新生を指すことを、浄土仏教の「おうそう往相」、「げんそう還相」をめぐって幾度となく論じている。「往還二相」のうち、「往」は生者の道だが、「環」は死者となった者の役割である。「霊性」とは、「霊」という実在の在り方と働きである。「霊」の論議を欠いた「霊性」論は、観念の遊びに過ぎない。霊性は「大悲」と「大智」として顕現する。そのことを、昭和天皇の前で講じた時の記録が『仏教の大意』である。『日本的霊性』はいつもこの本と共に読まれなくてはならない。どちらか一冊しか手にすることができないとなったら、迷わず私は『仏教の大意』を選ぶ。

日本的霊性

日本的霊性

鈴木大拙 / 岩波書店
1993/02出版
ISBN : 9784003332313
価格:¥907(本体¥840)

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(「仏教の大意」と共通コメント)

柳宗悦コレクション 1

柳宗悦コレクション 1

柳宗悦、日本民芸館 / 筑摩書房
2010/12出版
ISBN : 9784480093318
価格:¥1,512(本体¥1,400)

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〈1〉ひと
若松英輔さんコメント 柳宗悦は鈴木大拙の後を継いで、大拙の蔵書と研究成果を収める松ヶ岡文庫の責任者になるはずだった。それが実現されなかったのは、柳が大拙よりも先に逝ったためである。柳は学生時代に大拙に学んだ。師弟の関係だったが、大拙が柳から学んだことも少なくない。今でも「文庫」には大拙の書斎が当時のまま残っているが、その壁面には柳の写真が飾ってある。柳は、大拙が認識していたように近代日本屈指の宗教哲学者である。柳の「民芸」に関する思想も、高次の宗教哲学的実践として読み解かれなくてはならない。彼の宗教的世界観の根柢には死者がいる。死者との邂逅が彼を宗教哲学者にしたといってもよい。大拙がスウェーデンボリの訳者であり、その評伝の作者であるように、柳が、スウェーデンボリにも影響をうけたウィリアム・ブレイクを日本に紹介した人物であることは、思想史に起こる不思議な出来事である。歴史の灰塵に埋もれていたもくじきぶつ木喰仏を発見したとき、柳は木喰の助力をはっきりと感じた。そのことを書いたのが、「木喰上人発見の縁起」である。また、彼が妹の死にふれた「妹の死」では、死者との再会を媒介するものを「悲しみ」と呼ぶなら、それが嘆きの出来事ではなく、むしろ恩寵であると語っている。

柳宗悦コレクション 2

柳宗悦コレクション 2

柳宗悦、日本民芸館 / 筑摩書房
2011/02出版
ISBN : 9784480093325
価格:¥1,512(本体¥1,400)

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〈2〉もの
(「柳宗悦コレクション1」と共通コメント)

柳宗悦コレクション 3

柳宗悦コレクション 3

柳宗悦、日本民芸館 / 筑摩書房
2011/04出版
ISBN : 9784480093332
価格:¥1,512(本体¥1,400)

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〈3〉こころ
(「柳宗悦コレクション1」と共通コメント)

柳田國男全集 第13巻

柳田國男全集 第13巻

柳田国男 / 筑摩書房
1998/08出版
ISBN : 9784480750730
価格:¥8,100(本体¥7,500)

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〈13〉方言覚書・木思石語・日本の祭・昔話覚書
若松英輔さんコメント 『先祖の話』が出版されたのは戦後だが、書かれたのは今日からみれば終戦まじか、東京が空襲に襲われているときである。彼は、この本が最後の作品になるかもしれないことをどこかで感じながら書いていた。柳田が言う「先祖」とは死者である。戦争で無数の人間が死者となった。だが、彼らは決して無になったのではない。むしろ、別のかたちで生者の社会に参与している。日本人はそれを、誰に教わるでもなく、打ち消し難い実感として語り継ぎ、民俗として定着させてきたことを書いた。この本で柳田は、生者と死者の関係が樹立されるためには、宗教――とくに浄土仏教――も一定の働きをしたが、根源にあるのは宗教以前の感情であることを強調する。この指摘は今日、もう一度考えられてよい。柳田の学問は、畢竟、死者と他界の民俗学に収斂する、このこと明示し、深化させたのが吉本隆明の『共同幻想論』である。先人の死者論を読むとき、私はいつも、この著作の序文に彼が書いた一節を思い出す。「どうして理解するための労力と研鑽を惜むものに、衝撃を与えることなどできようか」。考えるとは、書き手と読み手による協同の営為である、とは吉本の動かない信念だったと思われる。書く者は問題を提起し、読む者の「労力と研鑽」が作品を完成させる、逆ではない。このとき、書き手がすでに死者であることは、何ら協同することの妨げにならない。

共同幻想論

共同幻想論

吉本隆明 / 角川書店
1982/01出版
ISBN : 9784041501016
価格:¥777(本体¥720)

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(「柳田國男全集13」と共通コメント)

死の哲学

死の哲学

田辺元、藤田正勝 / 岩波書店
2010/12出版
ISBN : 9784003369449
価格:¥1,231(本体¥1,140)

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若松英輔さんコメント 1951年、田辺元の妻ちよが亡くなる。田辺が逝くのは1962年である。最晩年の十余年間、彼は、ひたすら死者との「協同」を続けた。その間彼はいくつかの論文を書くが、最後に企図していた論考は未完のまま終わっている。田辺は自作を「死の哲学」と題しているが、書かれているのはむしろ「死者の哲学」である。死者との「協同」と田辺元が言うとき、そこには単に何かを共に行う「共同」とは、質的に異なる営みが示されている。生者と死者が互いの実存を賭け、全身全霊の参与をもって何かを行う、田辺は「実存協同」とも書く。田辺の未完である「死者の哲学」を考えるとき、そこで何が問われているかだけでなく、それがどう育まれて行ったかを考えるのは、読者に託された役割である。その軌跡を、私たちは田辺と野上弥生子の書簡集に見ることができる。野上との出会いがなければ、死者の哲学は生まれなかっただろう。田辺の老体は、悲嘆に絶えられなかったに違いない。また、田辺と野上の間を取り結んでいるのが、田辺の妻ちよであることも、二人には了解されていたと思われる。読者もまた、そのことを行間からはっきりと感じるだろう。

田辺元・野上弥生子往復書簡 上

田辺元・野上弥生子往復書簡 上

田辺元、野上弥生子 / 岩波書店
2012/03出版
ISBN : 9784006021962
価格:¥1,382(本体¥1,280)

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〈上〉
(「死の哲学――田辺元哲学選 Ⅳ」と共通コメント)

田辺元・野上弥生子往復書簡 下

田辺元・野上弥生子往復書簡 下

田辺元、野上弥生子 / 岩波書店
2012/03出版
ISBN : 9784006021979
価格:¥1,252(本体¥1,160)

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〈下〉
(「死の哲学――田辺元哲学選 Ⅳ」と共通コメント)

生きがいについて

生きがいについて

神谷美恵子 / みすず書房
2004/10出版
ISBN : 9784622081814
価格:¥1,728(本体¥1,600)

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若松英輔さんコメント 『生きがいについて』は神谷の主著であり、もっともよく読まれている著作でもある。「生きがい」という言葉を、私たちが当たり前に用いているのは、この本が書かれたからである。真に社会を変える思想は、無記名となって人々の魂に入って行く。神谷はここで、人間が真剣に生きがいとは何かを考えなくてはならない状況のひとつとして、愛する人との死別を挙げている。この論考にはしばしば、匿名の若い女性の手記が引かれる。その一つに、恋人を失い絶望の淵を歩く告白がある。この女性とは神谷美恵子自身である。彼女にとって「生きがい」とは、死者との関係を回復することにほかならなかった。彼女はこの著作で、真に目撃し、体験したことだけを語った。彼女は、「生きがい」とは何かを探究したその軌跡を書いたのであって、それを概念的に論じることを嫌った。ここに、この著作の真実があり、すでに古典となっている理由がある。

闇を光に ハンセン病を生きて

闇を光に ハンセン病を生きて

近藤宏一 / みすず書房
2010/10出版
ISBN : 9784622075547
価格:¥2,592(本体¥2,400)

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若松英輔さんコメント 神谷美恵子はある時期、ハンセン病療養施設、長島愛生園で働いていた。そこで彼女は、患者たちと触れ合うなかで、「生きがい」が語られずとも体現されていることに驚愕する。『生きがいについて』は、そうした人々の魂の記録である。近藤も若いときにから最期まで、愛生園に暮らした。近藤は病で視力と指を失っている。点字をたどることもできない。だが、あるとき彼は、どうしても聖書を読みたいとう衝動に衝き動かされる。そこで彼は、点字を舌で読み始める。「舌読」とのちに彼は呼ぶ。舌で点字を読むと、突起が唇にあたって血まみれになる。だが、近藤は止めない。それは、彼にとって読むとは、彼一個のためでなく、やはり何らかの理由で文字を読むことができない「仲間」たちのためでもあったからだ。「仲間」と近藤が言う、そのとき彼の心を領していたのは、共に暮らす同僚だけではない。そこには無数の死者たちが含まれている。この本には、近藤が背負った病を知らない者には瞠目させられる出来事が、多く刻まれている。だが、本書の魅力はそこにだけあるのではない。読者はきっと、近藤が稀代の文章家であることにも気づかされるはずである。さらに近藤は仲間たちと楽団を立ち上げ彼はハーモニカを演奏する。音楽は、しばしば生者と死者を結びつける。

初期万葉論

初期万葉論

白川静 / 中央公論新社
2002/09出版
ISBN : 9784122040953
価格:¥925(本体¥857)

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若松英輔さんコメント 『初期万葉集論』で白川は、相聞歌は挽歌から生まれたと記している。愛するひとを喪った、死者に向けられた慟哭が、いつしか「歌」となり、人間のなかに愛と呼ぶべき感情を生んだというのである。ここで白川が「歌」という文字で表現しているのは、私たちが今日見る和歌や詩に限らない。むしろ呻きである。生者が死者と交通するとき、そこには整った論理も言語もない。むしろ二者のあいだにあるのは未定型の感情であり、祈りである。古代の人々はそうした魂の営みこそが、人を根柢から生かすものであることを知っていた。だが、それは見えず、ふれることもできない。不可視な実在、それを世界に定着させることこそが「文字」の働きである、と白川は言う。「定着」と書くとき、白川は、死者に向けられた先人たちの畏敬を感じ取っている。ほとんど手がかりのない文様に、彼がなぜ、意味を見出し得たのか。『漢字』は、白川が未知の死者たちと行った対話の記録にほかならない。

漢字 生い立ちとその背景

漢字 生い立ちとその背景

白川静 / 岩波書店
1997/04出版
ISBN : 9784004120957
価格:¥842(本体¥780)

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(「初期万葉集論」と共通コメント)

須賀敦子全集 第1巻

須賀敦子全集 第1巻

須賀敦子 / 河出書房新社
2006/10出版
ISBN : 9784309420516
価格:¥1,026(本体¥950)

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〈第1巻〉ミラノ 霧の風景、コルシア書店の仲間たち、旅のあいまに
若松英輔さんコメント 須賀敦子の作品はすべて、若くして逝った夫ペッピーノに捧げられた手紙である。彼女の読者であれば、これに大きな異論をとなえる者はいないと思う。だが、文学者たちが彼女の作品を論じながら、そこに死者との交わりの指摘がほとんどみられないのは、かえって奇妙な現象でもある。生者が実在するように、死者もまた実在する。ただ、暮らす世界を別にするだけである。生者と死者をつなぐのは言葉であるよりも、その彼方にある沈黙であり、祈りである。ここでの祈りとは、何かを願うことではない。むしろ、超越者の声を聞くことである。そこに、沈黙が祈りとなる境域がある。「霧」、と須賀が書く、それは生者と死者の世界の境界を意味する。『コルシア書店の仲間たち』は、死者になろうとする友人の呼びかけからはじまり、彼の死で終わる。『ヴェネツァアの宿』は、有名無名の死者たちの面影にあふれており、『トリエステの坂道』は、死者と日常を生きた彼女の魂の記録である。

須賀敦子全集 第2巻

須賀敦子全集 第2巻

須賀敦子 / 河出書房新社
2006/12出版
ISBN : 9784309420523
価格:¥1,080(本体¥1,000)

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〈第2巻〉ヴェネツィアの宿・トリエステの坂道・エッセイ/1957~1992
(「須賀敦子全集1」と共通コメント)

水晶幻想/禽獣

水晶幻想/禽獣

川端康成 / 講談社
1992/04出版
ISBN : 9784061961715
価格:¥1,134(本体¥1,050)

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若松英輔さんコメント イタリアに日本文学が紹介されたのは、須賀敦子による翻訳の功績が大きい。須賀は川端康成の『山の音』も訳していて、また小さな川端論もある。二人は実際に会ってもいる。近代日本文学、ことに小説における死者論を考えるとき、まず論じるべきは、川端康成である。もっとも優れた作品の一つが「抒情歌」である。この作品のみならず、「十六歳の日記」をはじめとする初期の川端の作品では、死者の実在が基軸になっている。晩年、川端は東山魁夷と交流を深めた。ここに挙げたもう一冊には、二人の書簡をはじめ、互いのことを書いたエッセイも収められている。次に引くのは、あるページに引かれていた川端の言葉である。「もっとも高い芸術はすべてそのように人の魂の底にしみて、霊を目ざめさせるものでなければならぬだろう」。この一節には、川端が魁夷の絵に何を見ていたかがはっきりと語られている。魁夷の風景には人が描かれることは少ない。だがそこには、私たちにとっての不可視な隣人、すなわち死者たちが「描かれている」ことを、川端はけっして見逃さなかった。

川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界

川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界

「川端康成と東山魁夷響きあう美の世界」製、川端香男里 / 求龍堂
2006/09出版
ISBN : 9784763006431
価格:¥2,700(本体¥2,500)

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(「水晶幻想/禽獣」と共通コメント)

深い河(ディ-プ・リバ-)

深い河(ディ-プ・リバ-)

遠藤周作 / 講談社
1996/06出版
ISBN : 9784062632577
価格:¥658(本体¥610)

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若松英輔さんコメント この作品で描かれているのは、生者と死者によるさまざまな沈黙の交わりである。彼が信じたキリスト教における「復活」とは、死者として新生することであることが描き出されている。また、キリストは死者たちにとっても、超越者でありつづけていることが暗示されている。この作品を何度読んだだろう。死と死者が異なることを、私はこの作家から深く学んだことを、昨今強く感じている。彼が死を語るとき、それはいつも死者を語っていたことを、しばしば思い出している。

舟越保武全随筆集 巨岩と花びらほか

舟越保武全随筆集 巨岩と花びらほか

舟越保武 / 求龍堂
2012/05出版
ISBN : 9784763012180
価格:¥2,808(本体¥2,600)

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若松英輔さんコメント 遠藤とも交流があり、信仰を同じくした彫刻家舟越保武のエッセイ集である。彼はこの本で、自身の創作の秘密が死者たちとの交わりにあることにふれている。島原の乱で戦った無名の兵士を刻んだ「原の城」は、彼の代表作の一つである。彼はこれを完成させると、背面に「寛永十五年如月二十八日の城本丸にて没」と刻んだ。もちろん、そんな記録はどこにもない。だか、彼にはそう感じられる経験があったのである。長崎の二十六聖人のひとり、フランシスコ・キチの像をつくっているときに、彼はそこに亡き父の顔をまざまざと見て、その姿を彫る。彼は「わたくしはアトリエの真ん中に立って像を見上げたまま、涙が止めどなく流れた」と記している。また、生後八ヶ月で逝った愛息の姿を描きながら、そこに浮かび上がってきたのは、天に安らぐ彼の顔である、それは空想ではない、と書いている。ここには一切の比喩はない。刻まれているのは、一人の人間の生涯に起こった恩寵の記録である。

夜と霧

夜と霧

ヴィクトル・エミ-ル・フランクル、池田香代子 / みすず書房
2002/11出版
ISBN : 9784622039709
価格:¥1,620(本体¥1,500)

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若松英輔さんコメント 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害が行われた。この本の著者もまた収容所に入れられた。医師である彼は、そこでの日々を周囲の人々の心の変化に至るまで克明に記録した。生還して、この記録を論文にすることを目的に生き抜こうとした。彼は生き残る。だが、このとき彼が書き上げたのは、単に彼が何を見たかではなく、彼が何を託されて生き残ったかだった。この著作の真の語り手はフランクルであるよりも、彼と同じ苦難を背負いながら、生還することができなかった死者たちである。この本を貫いているのは、与えられた生を生き抜くことへの不屈の意志でもあるのだが、それを支えているのは、死者たちとの協同を志すと同時に彼に宿った無私の精神である。死者との交わりは、生者が死者の声を聞こうとするところから始まることを、この本は私たちに教えてくれる。

上原専禄著作集 16

上原専禄著作集 16

上原専禄、上原弘江 / 評論社
1988/10出版
ISBN : 9784566050358
価格:¥7,344(本体¥6,800)

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〈16〉 死者・生者
若松英輔さんコメント 『死者・生者―日蓮認識への発想と視点』(未来社)を初めて手にしたのは、たしか20歳のころだったと思う。場所ははっきり覚えている。当時、早稲田の穴八幡神社で行われていた古書市だった。価格は500円。金額まで覚えているのは買うかどうかを迷ったことも覚えているからである。阿部謹也の本で名前を知っただけで、上原がどんな人物かの知識はまったくなく、この本が私にもたらす出来事など、まったく知る由もなかった。
この本こそ、近代日本における死者論の古典である。あるとき上原は妻利子(としこ)を病で喪う。このとき彼は、自身が経験したのは愛妻の死ではなく、新生した一個の死者との遭遇だったと書いた。上原は妻の死という個の出来事を徹底して深化させる。上原専禄は現代を代表する西洋史の研究者であり、狭義の意味における「宗教」に依存しない日蓮の衣鉢をつぐ信仰者でもあった。学問と信仰が真実の意味で彼の中で結合したのは、妻の死後である。以後、彼の生は、「生ける死者」である妻利子との「共存し共生し共闘する」日々となった。彼はそれまでの学業を根源から問い直し、未開の形而上的世界を開示しようとした。しかし、彼もまた、道なかばにして病に倒れた。
その道程は著作集の編纂というかたちをとって、娘上原弘美によって継承される。ここに並んでいるのは、私が手にした初版に丁寧な校訂を加え、新生した『死者・生者』(上原専禄著作集 16巻)である。
 それぞれの書架には「一等地」がある。もっとも強く惹かれる本あるいは、衝撃を受けた本などが自ずとそこに集まってくる。『死者・生者』は、いつもその場所にあった。だが、他の本と違ったのは、通読されないにもかかわらず、いつもその位置を占め続けたことである。ページを開かずとも、すでに「影響」される本がある。何か奇妙に聞こえるかもしれないが、ほかに表現しえない強いつながりを感じさせる書物が確かに存在する。私にとって上原専禄の『死者・生者』はそうした一冊だった。
 何度ページをめくったかわからない。そのたびごとに書物と向き合う準備ができていないことを知らされ、ある抵抗を感じてきた。この本とじっくりと対峙したのは、別離を経験し、私にとっての「死者」を身近に感じるようになってからである。それまで幾度となく、接近を拒みつづけてきた一巻だったが、このときは違った。そこに刻まれた言葉は悲しみとは何であるかを経験しなくてはならかなった私を温かく包んでくれた。死は存在しない。存在するのは死者だけである、そうした素直な告白が、絶望の淵にあった私を救ってくれたのだった。

本来であれば、上記の一覧につらなるはずだった、現在は入手が難しい著作の一部を挙げておく。上原専禄『死者・生者日蓮認識への発想と視点』(上原専禄著作集16巻 評論社)【*】、内村鑑三『基督信徒のなぐさめ』(岩波文庫)、吉満義彦『カトリシズム・トマス・ニューマン』(吉満義彦全集四巻講談社)、カブリエル・マルセルの自伝『道程』(理想社)、遠藤周作『心の夜想曲』(文春文庫)。ジュリアン・グリーン『日記』(人文書院)。

【*】上原専禄著作集は普段は店頭にはご用意していないものです。が、今回フェアにあわせて著作集16巻『死者・生者』のみ、若干数ご用意致しました。この機会にぜひお手に取ってご覧くださいませ。 (紀伊國屋書店注)


「じんぶんや」とは?

jinbunya.gifこんにちは。じんぶんやです。
2004年9月、紀伊國屋書店新宿本店に「じんぶんや」という棚が生まれました。

「じんぶんや」アイデンティティ1
★ 月 が わ り の 選 者
「じんぶんや」に並ぶ本を選ぶのは、編集者、学者、評論家など、その月のテーマに精通したプロの本読みたちです。「世に溢れかえる書物の山から厳選した本を、お客様にお薦めできるようなコーナーを作ろう」と考えて立ち上げました。数多の本を読み込んだ選者たちのおすすめ本は、掛け値なしに「じんぶんや」推薦印つき。
「じんぶんや」アイデンティティ2
★ 月 が わ り の テ ー マ
人文科学およびその周辺の主題をふらふらと巡っています。ここまでのテーマは、子どもが大きくなったら読ませたい本、身体論、詩、女性学...など。人文科学って日々の生活から縁遠いことではなくて、生きていくのに案外役に立ったりするのです。

ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いします。
「じんぶんや」バックナンバー
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【じんぶんや第81講】若松英輔選「魂にふれる 死者がひらく、生者の生き方」
場  所 紀伊國屋書店新宿本店 3Fカウンター前
会  期 2012年6月23日(土)~7月下旬
お問合せ 紀伊國屋書店新宿本店 03-3354-5703

2012.06.23 特集[TOP]  人文 社会 東京 じんぶんや 若松英輔 魂にふれる