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ブックレビュー-サイエンス
『脳のなかの倫理――脳倫理学序説』
M・S・ガザニガ


脳科学から倫理と道徳を考える

山形浩生 Hiroo Yamagata

『脳のなかの倫理―脳倫理学序説』
『脳のなかの倫理――
脳倫理学序説』

M・S・ガザニガ著/
梶山あゆみ訳
紀伊國屋書店/
1,890円(税込)
ISBN4314009993
   
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 脳死やES細胞の利用やクローンの是非という話になると、政府がよく倫理検討委員会なるものを組織して、何やら議論をさせたりする。そこにあつまるのは、「有識者」と称する学者先生たちだが、かれらが出してくる報告やら提言はまともなものだった試しがない。 ああいう意見もあればこういう意見もある、結局結論は出ませんでした、といったものばかりで、あげくの果てには「さらなる国民的議論の喚起を」。えー、あなたたちに国民代表として議論して結論を出してほしいから、高いお弁当やら謝金やら払って委員会したのに!

  でもそれが問題にならない理由の一つは、そもそもまともな結論が出るとはだれも思っていないからだろう。だって道徳だの倫理だのは、通常は根拠があるものとは思われていないからだ。ある人は、脳死で死人扱いするのはキモチワルイと思っている。ある人は、そう思ってない。思ってない人がどう理を尽くして説明しても、そのキモチワルイという感覚は変わらないだろう。

ちなみにキモチワルイ派は、なんとか自分の立場を正当化しようとして、「東洋では心身を統一的にとらえるから」なんていう愚論を持ち出す。死んで冥土に行くだの輪廻転生だの、肉体と魂を別扱いにする話は東洋にだっていくらでもあるんですけど……。さらにそもそも東洋で、心臓が止まるまでは肉体が死んだことにしない、というコンセンサスがあるわけじゃない。単に他に判定手段がなかっただけじゃないの? だけれど、そういう点も詰められることはない。だから結論なんか出ようがない……かな?

  本書の著者ガザニガは、出せるはずだし、出さなきゃいけないと力強く論じる。かれは高名な脳科学者としてこの手の委員会にかり出され、そのあまりの低劣さにブチ切れて本書を書いた。議論にならない議論をしていても不毛だ。自分の単なる気分だの、現実にあり得ない思いつき(ヒトラーのクローン、人と兎のあいのこができたら等々)でいちいち騒ぐのもやめよう。各種立場があるのはわかる。でも、その本質とは何かをよく考えなきゃいけない。そしてそれには、各種生物学的な知見や脳科学的な知見がベースとして機能できるはずだ! だって、それこそまさにすべての人が絶対に共通に持っているものなんだから。

  科学技術の発達が、従来の道徳や倫理観を破壊する、という見方は多い。でもガザニガは、それを否定する。むしろそれは、道徳や倫理を発展させるものだ、とかれは主張する。そして、基本的な道徳や倫理は、脳や遺伝情報の中に生得的に備わっているはずだ、とすら唱える。表面的には大きくくいちがうような道徳や倫理であっても、それが実現したがっていることを見れば、種としての生存や発展にとってちゃんと意味があるものだ。その根本のところは、生得的でもおかしくない。

他人をむやみに殺すなといった程度のプログラミングは備わっていてもいいんじゃないか?  そしてこの立場をもとに、脳が機械なら責任はどうなるか、脳死は、クローンは、といった各種の「問題」について、本書は次々に明快な見通しを出してくれる。もちろん、決定版の答えが出てくるわけではないけれど、どこをベースに話を進めるべきかについて、非常に納得のいくポイントを示してくれる。人はいつの段階で人間と見なされるべきか? それは胎児の発達を見て、人としての性格を備える段階が一つの基準になるはずだ、等々。

  そして同時に、本書は人間の適応力と中庸性を非常に楽観的に見ている。たとえば男女産み分けや、出生時選別の問題がある。中国のような男児待望社会では、男ばかりが生まれてくるのでは? 出生時選別やデザイナーベビーは、極端な競争に人々を走らせてしまうのでは? 

こうした問題について、ガザニガは非常に楽観的だ。人間はそこまで極端に走らないはずだ。世間が男だらけになったら、さすがに中国人だってまずいと思うだろう。出生時選別だって、実際にやっている機関を見れば、極端に走らないような施策を自然にやっている。もちろん、必ず変なことをやらかすバカは出てくるし、よかれと思ってやったことが裏目に出ることもあるだろう。でもそれはいつの時代にもあること。全体としては、人は決定的に自滅的な真似はせず、ちゃんと自分にとって有利な選択ができるはずだ、とガザニガは語るのだ。

  もちろんそこまで楽観的になれるかどうかは、人によってちがうだろう。でも、地球が小さくなってきて人の移動も増え、各種文化の持つ道徳や倫理の間で何らかの妥協点を探らなきゃいけない時期にきていることは、たぶんだれも異論がないだろう。そのことを具体的にどう進めるか? 

このことについて少しでも説得力ある形で述べた文を、ぼくはこれまで見たことがない。世界の市民の積極的な対話を、さらなる相互理解を、「他者」の受け入れを、異文化の尊重を、といったお題目が出てくるのがせいぜいだ。でも、そこで決定的に対立したら? どうやって話を先に進めようか。本書はその出発点を示した、穏健な筆致ながらもきわめて大胆な快著なのだ。

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