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ブックレビュー-サイエンス
『重大事故の舞台裏
――技術で解明する真の原因』
日経ものづくり編


トンネルの先の光明

山形浩生 Hiroo Yamagata

『重大事故の舞台裏』
『重大事故の舞台裏
――技術で解明する真の原因』

日経ものづくり編
日経BP社/2,520円(税込)
ISBN4822218856
   
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  三菱自動車のリコール事件から、スペースシャトルの爆発、福知山線の脱線/横転など、世の中に事故はたくさんある。通常それらは、しばらくニュースをにぎわして、その期間だけ原因は何だとかだれが悪いとか、いろいろな人が勝手なことを言いあう。われわれ外野はそれを断片的に新聞紙上で見聞きするけれど、結局何が原因だったのか筋の通った説明を得られることはほとんどない。

新聞やテレビは、とにかく目先で見つけた断片的な情報を、ろくに真偽も確認せずに(というより確認する能力がそもそもない)垂れ流し、何かといえばお涙ちょうだいの人間ドラマばかりをクローズアップする。そして、自分たちの流した情報のどれが正しく、どれは誤報で、それにもとづきどの説が蓋然性を持ち、どの説は見当ちがいだったのかをきちんとまとめることは決してない。

みなさん、結局あの福知山線の事故は何が原因だったかすぐに言えますか? 人々は、断片的に見た断片的な情報(それも往々にして誤報やガセネタ)だけを抱え込む。そしてそれが時に変な陰謀論の温床にもなったりする。

  この本は、各種の事故をじっくりと調べて、結局何がいけなかったのかを工学的にきちんと教えてくれる、得難い本だ。

  扱っている事故は実に多種多様。近年話題になった大型事故はほぼ網羅されている。冒頭に挙げたいくつかの事故はもとより、六本木ヒルズの回転ドア、H-IIAロケット打ち上げ失敗、ニューヨーク貿易センタービルの倒壊、「もんじゅ」や東海村の事故。そしてすばらしいのは、変な精神論だの犯人捜しから入ることなく、まずは工学的に事件をきちんと検討し、集まった情報を総合したもっとも蓋然性の高い説明をしっかり行ってくれるという点だ。

必要ならちゃんと数式も図面も使って解説の手はぬかないけれど、記述は一般常識を持つ人なら十分理解できるレベルとなっている。その事故が設計ミス、人為的なミス、あるいは単に運が悪かったのか、それを一般読者でも判断できるように整理したうえで、きちんと結論を出してくれる。

  そして工学的な分析に続いて、そのようなミスを可能にした組織的、制度的な問題にも踏み込む。なぜそのようなミスが見過ごされたのか、あるいは発見されたのに放置されたのか。これは三菱自動車のリコール隠し事件や、スペースシャトルの事故を引き起こしたNASAの体質分析などで遺憾なく発揮されている。

単に、利益優先がよろしくありませんとか、技術を甘く見ていましたとかいった一般論やら精神論にとどまらない。これまた、組織図をきちんと示し、情報伝達経路を明確に示すことで、一つの事故が非常に大きな組織体質に関わる問題であったことまでえぐり出す。

  しばらく前に『失敗学のすすめ』という本がそこそこ話題になったことがある(その著者である畑村洋太郎は、回転ドア事件の検証を実際に行い、本書にも登場している)。その本は、失敗体験をきちんと記録して残し、それを共有する体勢を作ろうと提案していた。今回の本は、まさにこの提案を実践している本なんだけれど、単に理念を述べただけの本に対し、具体的に数多くの事故をネタにそれを実践されると、まさにあの「失敗学」のような試みがどれほど力を持ち得るかが、しみじみと理解される。

  そしてもう一つありがたいのは、各種俗説の検証。たとえば新潟地震で新幹線が脱線したとき、「民営化に伴ういたずらな車両軽量化によって脱線が生じた」というもっともらしい説がかなりしつこく流布され、いまだにそれを信じている人も多い。本書がえらいのは、そうした俗説もきちんととりあげ、そのまちがいを指摘して棄却してくれることだ。

  この本を読めば、一般人レベルでこうしたそれぞれの事件について知るべきことはほぼ完全に網羅されるし、そこから学ばれるべき教訓もしっかり腹に落ちることだろう。本来であれば、メディアは何らかの形でこのような自分たちの報道の総括作業を行うべきで、それを報道すべきだと思うのだ。

本書でも、報道の無能ぶりについてはときどき苦言が呈されている。だが一方でそれは、当事者たちの情報開示のまずさに起因することも多い。そのこともきちんと指摘されているのには感心するばかりだ。

そして同時に、本書には事故がなくなることがあり得ないという点についても明記されている(それが目立たないのは残念だけれど)。だからこそ、各企業や組織は、少なくともわかる範囲のものについてはできる限りの開示を行い、何が避けられ、何が避けられなかったかを説明する必要がある。こう書いてしまうと、本当に当たり前のことにすぎないのだけれど。

そして最後に本書は、H-IIAロケットがその失敗をどのように克服し、新しい体勢を作り上げたかを記述する。単なる犯人捜しと責任のなすりつけあいに終わらず、事故をどう活かすべきか――地道な検証の果てに、本書はそんなトンネルの先の光明まで示してくれるのだ。

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