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聞き書き事始め

頁の中の人間関係をたどる

              
市川慎子 Noriko Ichikawa
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 古本屋になってから、この九月で五年になる。五年もたてば少しは慣れるんじゃないかと思うのだけれども、初対面の人に自分の仕事を言うのが苦手である。なぜかというと「古本屋やってます」と言った後の質問はきまって「で、どんな分野の本を扱ってるんですか?」になることが多いからだ。

  古本屋は古本屋なのだけれど、およそとりとめのない分野の本を、ごっちゃに集めているせいで「日本近代文学です」とか「漫画です」とか「浮世絵です」とかきれいに格好よく答えることができない。おかげで「あっ、え〜っと、うーん、自分の好きな本?」と不思議少女のような答えしかできなくて、私は馬鹿なんじゃないかと落ちこむこと多々である。

  そんな風に思っていたとき、ある人がこう言ってくれた。

  「どうやら海月さんは、本を通して人と人がつながっていくことが好きみたいですね。出している本を見るとそんな気がする」

  そうかもなぁと思ったのは、私の本を選ぶポイントの一つにこの作家とあの作家が親戚とか、あの人とこの人は友だちとか、そういうほかの本へも派生する「人間関係」があるからだ。もちろん店で扱っている本のすべてがそうじゃないにしろ、海月書林という古本屋の裏テーマには、著者の「人間関係」ってのがあるんじゃないかと思う。

  さて、そんな海月書林でオープン当時からずっと扱い続けている本に花森安治編集長時代の『暮しの手帖』がある。実は、この本にも隠された人間関係があると知ったのは、扱いだしてすぐの頃だった。言わずと知れた「花森安治は画家・佐野繁次郎に大きな影響を受けている」という「関係」である。

  花森安治が亡くなった年に生まれた私は、どちらかというと「編集者・花森安治」よりも、「AD・花森安治」のほうに興味がある。そのADとしての花森安治に影響を与え、なおかつ一部では「真似した」とまで言われている二人の関係ってなんなのだろう?

  そう思って、花森安治のことを調べていくうち、戦時中「装幀・佐野繁次郎」として出された雑誌に行きあたった。生活社から出された一連の「婦人の生活シリーズ」のほかにも、築地書店という版元から出されているものもある。レイアウトから文字組み、記事のテーマまで、すべてがのちの『暮しの手帖』にそっくりなのに花森安治の名前はどこにもない。おまけにクレジットには『暮しの手帖』創刊時からのカメラマン、松本政利の名前もあるという不思議な雑誌である。

  「佐野繁次郎」の名前のあるこの雑誌に「花森安治」の文字のないことが、二人の関係をより分かりにくくしているのではと思い、以前『暮しの手帖』の大橋鎮子さんにお会いした時、その辺りを伺ってみた。すると「きもの読本」という連載を持っている「安並半太郎」が、戦時中、花森の使っていたペンネームだという。なるほど、それでと納得したが、いったいどんな経緯でこの雑誌が誕生したのだろう。

  ことは戦時中、記録されないことも多かった時代の話である。現に、花森だって戦中の大政翼賛会時代の話は、あまり文字にしておらず、本をあたっていても推測しか出てこない。

  あいにくと『暮しの手帖』以前、戦時中の花森安治を知っているかもしれない松本政利さんはすでに亡くなった後だったが、ここはまず古本をあたりつつ、今のうちに戦時中のあれこれ、『暮しの手帖』編集長になる前の花森安治について聞いておけたらと思い立った。

  そこで、現在、本業の合間をぬって遅々とした進みではあるけれど『暮しの手帖』の方々はじめ花森安治の戦中からのパートナー、松本政利の関係者を切り口に聞き書きを進めているところである。

  本を読みながら人間関係をたどり、意外なところで意外な人がつながっているのを知るのは、とても楽しい。これから手にとる本が芋づる式に何倍にも広がる気がする。と同時に、文字にされることなく消えゆく記憶を拾っていくことも、本からつながる人間関係をより豊かに広げてくれるような気がする。

  戦時中の生活社、および花森安治さん、松本政利さんのことをご存知の方がいらしたら、お話を伺いたいと思います。海月書林までぜひお知らせください。

『海月書林の古本案内』 『海月書林の古本案内』
市川慎子著/ピエ・ブックス/一、六八〇円(税込)
ISBN4894443589

「海月書林」は市川慎子さんが営むオンライン古書店。ニューウェーブ古書店の先駆ともいわれる市川さんは「立ち止まる」人だ。一冊の古本を前に立ち止まる。見過ごしがちな見返し、扉、検印紙などをゆっくりと見ていく。そして、従来の古書の世界ではいわば「雑本」として扱われた「オンナコドモ」の古本たちの魅力を発見していく。そんな新しい古本の楽しみ方に満ちた一冊。海月書林が発行する美しい小冊子「いろは」とともに楽しみたい。

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