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ブックレビュー-サイエンス
『ハッカーと画家―コンピュータ時代の創造者たち』
ポール・グレアム



プログラミングの傲慢なる美学と世界観

山形浩生 Hiroo Yamagata

『ハッカーと画家―コンピュータ時代の創造者たち』
『ハッカーと画家
―コンピュータ時代の創造者たち』
 
ポール・グレアム著
川合史朗監訳
オーム社/2,520円(税込)
ISBN4274065979
    
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BOOK

 本書はなかなかに傲慢不遜な書物ではある。著者はハッカー(高度なプログラマ)をルネサンス期におけるダ・ヴィンチやミケランジェロら芸術家に匹敵するものだと主張し、プログラミングという技芸をもとに、世界のすべてを語ろうとする。なぜ中学高校でおたくがいじめられるのか、という話から美の規範、そして世界運営のあり方に至るまで。たかがプログラマがなぜそこまで大風呂敷を? だがそれこそまさに、プログラミング/コンピュータという分野の持つ奇妙な性格を如実に示す。それはかれらの持つ美学や世界観の汎用性という話である。

  科学でも工学でも、いやほとんどどんな分野でも、それなりの美学というのはある。それは格闘技や芸術活動に見られる型の概念に近い、というよりほぼ同じものだと言っていいだろう。そしてそうした型や美学は、ある種の世界観にも通じる。

  もちろん、その世界観がどこまで適用できるか、という問題はある。工学分野において、その分野の中では通用する高い見識や汎用的な原理を持ち得ていた人物が、引退前後になってそれを無理に広げようとして、高尚なつもりでチンケな宗教やインチキ哲学者の受け売りに堕すという醜悪な図式は至るところに見られる。

  それに対抗するには、その分野での原理からの抽象化方法をよく考える必要があるのだけれど、これはこれでまた危険がある。世界にある種の美学が貫徹しているはずだ、というのは人間の勝手な思いこみなのだもの。全物理法則を統合するのではないかと言われている超ひも理論/M理論に対して「連中は神様が自分にフェラチオしてくれると思ってやがる」と批判したのは可変光速理論を唱えるマゲイジョだった。

まあ超ひも理論についてはわからない。ただ現実を抽象化することで到達するある種の型や美学は、それ故に現実からずれている。そしてその分野が現実から遊離するにつれて――それは実用と離れたところで発達を続ける場合(例 茶道や華道やその他お稽古ごと)もあれば、そもそも現実的に確認する手段がないまま発展が続く場合もある(例 超ひも理論)――その分野の持つ世界観のずれは高まる。

  そしてさらに、そうした世界観や美学にはその分野の時代的なポジションが関係してくる。既存の世界認識をひたすら洗練させ、その後はある水準の完成度の周辺でマニエリスムに陥り自閉するしかない分野と、その分野自体の進歩がそもそもの世界認識を塗り替え、一変させる分野とがある。それがその世界観の強さに大きく影響してくるのだ。

  さて……プログラミング分野は工学の一部だ。そしてこの分野がある意味で時代の最先端を担っているのは確かだ。コンピュータとそのプログラミングの成果は、かつての蒸気機関や自動車と同じく実際の製品としても世界の風景を大きく変え、そして人々の世界認識に影響を与えつつある。

  だが興味深い点として、プログラミングでは現実性/実用性とその美学の抽象度との間に奇妙な関係がある。この分野に限り、両者はトレードオフの関係にない。プログラミングの実用性はまさにその抽象化の方法に依存している。プログラミングは自分自身の動く環境(プログラミング言語)を自分で規定し、一方で常に自分以外のものを抽象化して記述することを要求される。そのためこの分野は、必然的に自分自身を規定する美学や、自分以外のものを理解するための世界観を自覚的に持たなければいけない変な分野となっている。

  そしてソフトウェアのもう一つの特徴は、それがまだまったく固まっていないことだ。大学などで、体系化されたソフトウェア工学は、美学や世界観の域にまで達していないどころか、ソフト製造手法としてすら未熟もいいところだ。最高のソフトウェア技術者/プログラマはほぼすべて我流だ。そしてだからこそ、まったく我流の変な世界観や思想がこの業界では飛び交い、群雄割拠している。

  本書『ハッカーと画家』の持ついい意味での傲慢さ(多くの人はそれを単なる素直さの発露だと思うだろう)の背後にあるのはこうした状況だ。本書は現役最先端の我流プログラマ(=ハッカー)の一人が、その美学と世界観を元にすべてを描き出した本だが、そこには同じ哲学が貫徹している。それは一見すると、平凡なプラグマティズムと自由主義に見えるけれど、多少のひねりがある。そこが本書の醍醐味の一つだ。

  そして傲慢さは当然ながらある種の自信を必要とする。それが決して無根拠な自信ではないことはすでに述べたとおり。この自信はいまのコンピュータという特殊な分野が持っている強さの原因でもあり、結果でもある。単なる読み物としても掛け値なしに楽しい本書は、その意味で社会的には変なおたく集団と思われがちなこの産業・学問・技能分野についての、ちょっとちがった視点からの入門書にもなっているのだ。

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