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DVDレビュー

チェコアニメを観た夜

木村有子 Yuko Kimura
  
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 一家でチェコに住むことになったのは一九七〇年だった。毎日夜七時。テレビをつけると、子ども番組「ヴェチェルニーチェク」が始まった。「ドブリー・ヴェチェール(こんばんは〜)」。一輪車に乗った新聞配達の男の子が登場し、新聞紙でできた兜のようなものを取って深々とおじぎをする。この番組が、チェコアニメーションとの初めての出会いだった。

  やさしい山賊ルムツァイスのお話や、マキシペス・フィークという犬が主人公のお話など毎日一話。たった十分ほどの番組だったが、観終わると“ほっこり”するような作品ばかり。この国がチェコスロヴァキア社会主義人民共和国と呼ばれていたころ、平日のほとんど唯一といってもいい子ども番組だった。

番組の終わりに一輪車の坊やが再び登場して「ドブロウノーツ(おやすみなさ〜い)」と言うのを合図に、「ほら、ヴェチェルニーチェクがおやすみなさいを言ったよ」と、親はすぐに子どもを寝かしつけにかかる。国を挙げての大人たちの“陰謀”としか思えないが、当時のチェコでは、本当に子どもも番組終了とともに素直にベットへ入った。大人の世界と子どもの世界をはっきり区別する、しつけに厳しいチェコらしいエピソードだ。

  くる日もくる日も「ヴェチェルニーチェク」では、アニメーションが放映された。今思うと、短いながらも粒ぞろいの作品群で、アニメーションから生まれて絵本になったものも多かったし、ロングセラーとして今に至る作品もある。そのひとつが、もぐらのクルテク(krtekはチェコ語で、もぐらという意味。絵本の邦題は「もぐら」「もぐらくん」)だ。

  仲間と森で暮らしている主人公のクルテクは、やさしい心の持ち主。鷹に襲われそうになった仲間を、おとりを使って助けたり、暖かくなってとけだした雪だるまを救おうと雪の残る山頂へ連れて行く。地面に落ちてしまった星を見つけたときには、仲間と協力して星を空に返すのだった。こうしてお話はいつもハッピーエンドで結ばれる。

  “もぐら”という日陰の動物を取り上げ、愛らしい主人公に仕立て上げたズデネック・ミレルさんに、インタビューをしたことがある。

「アニメーションを作るときに工夫されたり、苦心されているのはどんな点ですか」
「子どもが飽きないように、何秒かに一度は緩急の差をつけているんだよ。よく見ないとわからないけどね」

  せりふがないので、しぐさだけで表現することの難しさを、例を挙げて語ってくれた。「友情」、「自然保護」、「非暴力」。クルテクからは、こんなメッセージが自然に伝わってくる。
  かわいらしい動物が主役の“ほっこり系”アニメーションがチェコでは主流だが、それにとどまらないのが、チェコのアニメーションの奥深いところ。

  世界遺産に指定されたチェコのチェスキー・クルムロフの町を二〇〇四年の夏に訪れた。泊まったのは古城を見上げるペンション。川岸で飲んだビールでほろ酔い気分になってテレビをつけたら、イジィ・トルンカの長編人形アニメーション「真夏の夜の夢」を放映していた。そのちょうど一年前に、この映画の字幕翻訳を手がけたばかりだったので、思いがけない再会に胸が躍った。私が、チェコのアニメーションの中でも最も好きな作品のひとつだ。

特に「真夏の夜の夢」の森のシーン。深いブルーの色調の中で森の精や虫たち、花がいっせいに動き出す幻想的な世界にうっとりしてしまう。翻訳のためにビデオを見始めたのに、つい見入ってしまった作品だ。ヴァーツラフ・トロヤンの音楽もいい。人形ひとつひとつを、ちょっとずつ動かしながらコマ撮りしていく、気の遠くなるような作業はまさに職人芸で、こんなところにチェコ人の底知れぬ忍耐強さを垣間見る。

  カレル・ゼマンの作品も忘れがたい。昔からチェコの少年少女が好んで読んでいたという、ジュール・ベルヌの作品をもとにゼマンは「悪魔の発明」「彗星に乗って」「盗まれた飛行船」(十五少年漂流記)を次々と作った。「前世紀探検」では、少年たちが氷河期を探検し、恐竜にも遭遇する。トリック撮影の技術を駆使し、ゼマン自身が少年時代の空想の世界に遊んでいる。実写とアニメーションを組み合わせた実験的な映像は、どのシーンを切りとってもコラージュのように不思議な世界。ゼマンの映画を、子どもの時に観た憶えはないのだが、大人になってからすっかりファンになってしまった。

  これでもまだチェコアニメのほんの一部。シュールな内容のヤン・シュヴァンクマイエル、イジー・バルタ……。さて、今夜はどんなチェコアニメーションを観るとしよう。

『クルテク もぐらくんと森の仲間たち』
『クルテク もぐらくんと森の仲間たち』全六巻
ズデネック・ミレル作/アニプレックス/各3,129円(税込)


大きな目、そして、頭の上には毛が三本。愛嬌たっぷりのもぐらの男の子、「クルテク」。一九五七年に子ども向け短編アニメーションのキャラクターとして誕生以来、チェコでは国民的な人気者。DVDでは、クルテクと森の仲間たちの日々を美しくもやさしい色彩で描いた短編を各七話ずつ収録。時に楽器の音色で表現される台詞も印象的。

 
『もぐらくんの絵本』シリーズ

『もぐらくんの絵本』シリーズ
ズデネック・ミレル作/木村有子訳/偕成社/小型ボードブック版:630円、ほか1,260円(税込)


絵本でもクルテクは大活躍。日本には早くも一九六七年、『もぐらとずぼん』(福音館書店)で登場、長く版を重ねている。近年、そのかわいさに再び注目が集まり、「もぐらくんの絵本」シリーズが刊行された。木村有子さんの訳による『もぐらくん、ぼうけんだいすき』でクルテクはローラースケートにヨット、ヘリコプターなど、いろいろなのりもので冒険旅行へ! 現在、シリーズ六冊が刊行中。

 
「イジィ・トルンカ作品集」
「イジィ・トルンカ作品集」第五巻
ジェネオン エンタテインメント/6,090円(税込)


川本喜八郎も師と仰いだ、チェコスロヴァキアの生んだ偉大なる人形作家イジィ・トルンカの作品集。シェイクスピアの同名の戯曲「真夏の夜の夢」の世界がパペットアニメーションで描かれる。ひとつひとつ手作業で動かしながら作られたとは思えないほど、繊細で美しい映像に惹きこまれる。
 
『幻想の魔術師 カレル・ゼマン 前世紀探検』
『幻想の魔術師 カレル・ゼマン 前世紀探検』
日本スカイウェイ/4,935円(税込)


1940年代後半から60年代にかけて、数々のアニメーションを生み出した「チェコアニメの先駆者」カレル・ゼマン。既存のアニメーションへの理解を覆されるほど、幾多の実験的な手法から生みだされた作品は不思議な感触に満ちている。作品ごとに作風を変えるゼマン作品に、共通するのは独自の詩情。「前世紀探検」のほか、短編「プロコウク氏家作りの巻」も収録。
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