|

 |
『反社会学講座』
イースト・プレス
1,500円(税込)
ISBN4872574605 |
一冊の本が人々の話題をさらっている。『反社会学講座』。「今の少年たちは凶悪だ」「少子化は日本を滅ぼす」といった、常識として受け入れられている社会学的分析のウソを暴いてゆく挑戦的ながら、ユーモアを織り交ぜたサービス精神旺盛な筆はこびで、ぐいぐい読ませる。
著者の名前はパオロ・マッツァリーノ。その正体は明かされておらず、読者のあいだでさまざまな憶測をよんでいる。
そのマッツァリーノ氏に突撃インタビューを敢行した。まずは、タイトルにある「反社会学」の意味について……
何に対する「反」か
やはり「反社会学」という言葉のためか、タイトルについてはいろいろ言われました。「反社会学」ではなく、「まっとうな社会学の入門書になっている」という意見がある一方で、「社会学自体が反社会学だ」と言う人もいたり、なんだか禅問答みたいですけれど(笑)。確かに、常識的ではない視点から切り崩すのが社会学の本来の姿勢だったと思うんです。それでも、現状の一部の社会学者のように、道徳に引きずられて当たり前の意見ばかりを言っていたら意味がない。
「反社会学」という言葉には、「社会学に対する反」と「社会に対する反」という二つの意味を持たせました。この本は、もともとはインターネット上ではじめた連載をまとめたものなので、「インターネットに対するアンチ」という意味合いもあります。というのも、ネットで主流となっているスタイルは、わかりやすさに重きを置いている。ここ冗談ですよ、というところには(笑)をつけ、一番言いたいところは字の色や大きさ、太さなどを変えてわかりやすくしている。それが一定の型になってしまい、見た目だけでなく文章も、みんな同じようなスタイルになってしまっています。
私のサイトは、(笑)も強調も使わない。ある意味、非常に不親切です。文章も、古風な言いまわしを使ったり、五七調にして講談みたいなリズムを作っている。現在ネットで主流となっている文体とはかなり毛色が違う。私は若者を擁護する内容を書いていますが、決して若者やネットの読者に媚びてはいない。そういった意味でのアンチです。
芸としての文体
とはいえ、型にはまらずに自分の文体で書くというのも難しいものですね。小学校の作文指導で先生がよく「自分の言葉で書けばいい」と言うけど、それが実は一番難しいのかもしれない。人の言葉を借りて書くほうが簡単です。文章を書くということは、誰かの真似で始まって、ごく一部の人だけが自分のスタイルを確立できるのかもしれません。
私の場合はまず、読んで面白いものを書きたかったのですが、真面目に書かなきゃいけない本を何冊か書いた後だったので、フラストレーションが溜まっていたんでしょう(笑)。それで、学問とエンターテインメントのハイブリッドみたいなこの本ができた。
このあいだ、十年以上前に読んだ花田清輝が書いた現代美術評論『花田清輝評論集』を改めて読んで、『反社会学講座』の文体をつくる上で、実は、影響を受けていたのかもしれないと思いました。砕けていて、難しいことを読みやすく、フレンドリーな文体で書いている。絵本作家の五味太郎さんの文章も好きです。リベラルなことをさらっと書いているんですよね。
ツッコミ力を鍛える
今回の本では、今の社会学の論調にツッコミを入れているわけですが、読者には逆に私に対してツッコミを入れてもらってもかまいません。読者にも「ツッコミ力」を鍛えることを勧めていますからね。もちろん、的確につっこむためには読者自身が調べて、私が提示した事実を覆してもらわないといけない。
私自身、実際に執筆に要する時間より調べ物をしている時間のほうが遥かに長いです。調べたことをそのまま書いては面白くないので、もちろん事実をもとにはしながら、私のものの見方というバイアスをかける。この本の注意事項として、「反社会学は社会学の手法や論理を誤用し、無意味でくだらない結論をみなさんに押しつけようとします」と書いた真意はそこにあります。
どんなテーマでもきちんと調べていくと面白いものですよ。マスコミが流している情報がいかにごく一部であるかがわかる。きちんと調べれば誰にでもわかると思います。専門知識がなくても、図書館で片っ端から調べているだけで発見がある。「今の少年は本当に凶悪なのか」という疑問を端緒に調べはじめて、その結果、実際は違うとわかるとか、「パラサイトシングルはなぜいけないのか」と調べていくうちに、反証材料が見つかったり。予測していた結論が覆されることもある。それもまた面白いですね。
資料として、厚生労働省や経済企画庁の委員会の議事録も使いましたが、これもまた、面白いんです。とんでもない意見を言い出す委員がいたりして。報告書になると、官僚が体裁よくまとめてしまっているので議論の過程や詳細がわからず、つまらないのですが。
何かについて知りたいと思った時には、一番最初に手に取った本が参考文献として挙げている本を読んでいくところからはじめればいいと思います。最近は参考文献を載せない本も多くなりましたが、そういう本は一冊だけで世界が閉じてしまう。それじゃもったいない。参考文献ってすごく大事ですよね。ある本を読めばその参考文献から芋づる式に知識を増やせる。
私はある社会学の本の参考文献を実際に読んで「なぜこの文献を読んで、こんな解釈が生まれるんだ?」という疑問を持ったことがありますし、参考文献からその本の間違いを発見したこともある。
私が『反社会学講座』の巻末に掲げた参考文献も、読者の方それぞれが実際に読んでみれば、私とは違う見方をされるかもしれない。私が気づかずおかした間違いに読者の方が気づいてくれるかもしれない。もちろん、私としてはきちんとやっているつもりですよ。

|