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『砂浜』
『砂浜』
紀伊國屋書店
1,575円(税込)
ISBN4314009632
早乙女道春さんの挿絵と
村益朗さんの装丁も
味わい深い。
 テレビCM、映画、ゲームソフト、経済入門、教育番組……
常に新しいジャンルに挑戦し、独自の世界を創造してきた表現者・佐藤雅彦。

その佐藤さんが長年温めてきたもの、それが短編物語集『砂浜』だ。
みずからの原風景とも言うべき少年たちの小さな世界――
一冊の本にまとめるにあたって、そこに込められた思いを語っていただいた。








至福の時間を封じ込める
 いつの時代か、どこなのか、そのあたりは不明なのだけど、誰かが掌にのせているような、ある狭い閉ざされた場所で、ある満ち足りた時間が流れていた。『砂浜』では、そこだけを書きたかったんです。
 子どもたちが毎日喧嘩したり、泣いたり、騒いだり、冒険したりして、いきいきと生きている。僕が小さいときそうだったのですが、いま考えると至福の時間ですよね。そうした時間の流れ方を封じ込めたかったのです。しかも、本人たちは十分満足しているのではなくて、ちょっと何かを求めている、新しいこととか、面白いことを。そうした健全な空腹感というか、そういうものに満ち溢れている時間の流れ方です。

これを書かなくては
 おそらく今後も、紙媒体、本というメディアで実験的な表現をやりたいんじゃないかなと自分で思うのですが、まずはやっておかないと気がすまないものとして『砂浜』がありました。自分がものを書くのに、とりわけ長いものを書く前に、これを文字に定着させておかないと先に進めない感じがしていたのです。
 だから実は、ちょっと義務感めいたものがありましたね。お前、これをやっておかないと自由にもの書いちゃいけないよ、という。裏を返せば、絶対に書きたいということなのですが……。それですごく個人的なことから始めてしまった。それが僕のなかの『砂浜』の位置なんですね。

普遍的なものへ
 書いていて感じたのは、普遍的なものっていうのは偏ったところに存在するんだってことです。ひとつひとつの出来事はすべて特殊なんだけれども、そこで主人公たちが感じていることっていうのは、みんな共通してわかるものなんじゃないかと。書き終えて、一読者として読んでみるとそれがすごく確認できて、なんか嬉しい驚きでした。
 僕は、映像から表現の世界を始めたのですが、今まで作った映像を顧みると、実験的で全く新しい方法論を実践している尖ったものと、オーソドックスで穏やかなものの二種類がありました。前者は、表現方法が剥き出しで、後者は表面的にはやすりがかかっているようです。どちらがいいかという話は、別の機会に任せるとして、今回の『砂浜』は、表現としては、後者に分類されるものだと思うんですね。世の中に問うているところや、実験的な要素はあまりない。ましてや文学界を変えるような尖ったものでもない。ただ、やわらかくて、清くて、肌触りのいいものを提示したかったなあと。

佐藤雅彦氏
写真・岡田卓士

本になるということ
 今回は本という物自体にすごく穏やかなものを求めたんですね。僕はこれまでの表現に関する仕事はすべてかなり限定を加えるやり方を採ってきました。挿絵でも書体でも、照明でもカメラマンでも、なんでもすごく指定しますね、細かく。頭のなかでイメージがぜんぶ決まっているので、ちょっとでも違うと気になってしまう。

 ところがこの『砂浜』に関してはすごく鷹揚に接しているというか、なぜか自分が指定しすぎちゃだめだという思いがありました。イラストは早乙女さんに任せる、装丁は 村さんに任せる、それができたのは自分でも驚きです。でも出来上がりにはすごく満足しているのです。お二人とも、オリジナリティはあるけれどエゴがないんですね。自由にやっていただいたのですが、へんに迎合するところがないので、同じものを目指していると感じることができました。だから、指定しすぎないで正解だったのです(笑)。『砂浜』の世界はまさにこういう形でないと伝わらないだろうなという本になりました。

未来への叙情
 改めて考えると無意識に、一〇代後半から二〇代、三〇代前半の人たちを読者に想定していたように思います。
 高度経済成長期に日本の海岸線が多く失われるわけですよね。砂浜も山も、整地されたり、遊歩道ができたり、どんどんきれいになって、観光客は楽に歩けるようになった。でも僕は、そういう管理された自然って自然じゃないような気がしてるんですよね。
 人間は瞬間瞬間、大なり小なり、リスクを背負って生きてて、それをクリアしたってところに生きている実感が伴ってくると思うんです。そういう実感をあたりまえに得られる時間と空間があったということを若い人に感じてほしいっていうのがありますね。
 「ノスタルジー」とか「レトロ」が大っきらいなんです。もちろん自分の少年時代に材をとったこの本は、一見ノスタルジックに見えるかもしれませんが、僕の頭のなかには懐古みたいなものは全くないです。同じ叙情性でも「未来への」叙情性でありたいですね。じつは若い人たちに期待感をもっているんです。大学で教えていると、感覚的に彼らがこのままではやばいぞって健全な危機感をもっているのがわかるんですよね。だから、この『砂浜』も伝わるところがあるんじゃないかと思っています。

佐藤雅彦
一九五四年生まれ。映像作家・慶應義塾大学教授。著書に、『佐藤雅彦全仕事』(マドラ出版)、『超・短編集 クリック』(講談社)、『経済ってそういうことだったのか会議』(竹中平蔵との共著、日本経済新聞社)、『毎月新聞』(毎日新聞社)、『プチ哲学』(中公文庫)など。

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