内容説明
敗戦後の岩手の山中に、己を閉塞させた高村光太郎。彼の留学体験に、父・光雲への背反、西洋文化の了解不可能性を探り、閉塞の〈実体〉を解明する。著者の文学的出発の始めに衝きあたった巨大なる対象――その生涯、芸術、思想を論じ、高村光太郎の思想的破綻を自ら全戦争体験をかけ強靱な論理で刳り出す初期の代表的作家論。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
佐島楓
19
ドナルド・キーンさんの「日本文学史」からたどり着いた本。西洋への遊学、智恵子夫人との生活、戦争詩への傾倒、隠遁生活。非常に細かく分析されている。おそらく底流には、父光雲へのコンプレックスと妻の狂死から逃れるための詩の執筆、彫刻制作というものが常にあったのだろう。精神のバランスを保つのも大変だったと思う。「智恵子抄」に学生のころ出会った身としては、彼女を美化しすぎていないかという説には複雑なものを感じるが、この本は読んでよかった。2012/10/21
しゅん
9
吉本の本で初めて「おもしろい」と思った。高村の戦争賛美詩を批判していると聞いたが、むしろその必然性を説く論だった。父光雲へのコンプレックス、海外周遊体験と女性経験が「他者」として重なる流れ、彫刻家としての孤絶、妻智恵子の発狂、一方通行の愛情。彼の孤独が近代化する国家の孤独と重なっていく。大衆的共感はそこから生じる。高村の決断を肯定も否定もしていないが、吉本の高村への愛着は強く、結果的に肯定しているように見える。私は高村の「一方通行」性は否定するべきだと思うので、吉本への違和感はおそらくその違いだと思う。2020/09/05
mstr_kk
7
久しぶりの吉本隆明。吉本にとって特権的な対象である高村光太郎の芸術と生活を、父-天皇-庶民という軸と、そこから逃れようとする軸との相剋として描き出しています。高村光太郎は、こんなにも日本の近代を背負った存在だったのか。難しいけれど面白いです。2023/10/19