内容説明
明治、大正、昭和、平成―。1枚の写真が伝えるあの日、あの時。北海道150年の歴史と共に歩んできた200万都市・札幌の街並みの記憶が、約300枚の写真で甦る。
目次
序章 拓けゆく札幌(蝦夷地から北海道へ;サッポロのあけぼの ほか)
第1章 札幌駅前通り(札幌の主軸;札幌駅前 ほか)
第2章 大通公園・北一条通り(はじまりは、境界の道;大通公園 ほか)
第3章 さっぽろ都市(札幌の都心;南一条通り ほか)
第4章 十区の街並み(十区の魅力と十の個性;中央区 ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
moonanddai
6
写真集ですが、意外に読むのに時間がかかりました。「昔の建物」が好きで、よくそんなものの写真や絵を見ますが、基本的には単体というか建物のみに絞られたもので、「街」の並びに建っているところ見ると、また見方が違ってきます。この建物が建っていた「通り」はこんなんだったんだとか、こっち向きに建ってたんだとか、今のあそこにあったんだとか…。話のタネが増えましたW。2018/03/20
チョビ
4
今から30数年前に南区と中央区に住んでいたいことがあが、この写真集はその前後が多いためか、はたまた「マチ」←大通のことをそう読んでいた。に出る=クリームソーダが食せるという興奮だけで出来上がっていたからか、全くの記憶がない。しかし色々あってたまに千歳に降り、裏参道を歩くと「そんなに変わった?」感も否めないまま終わってします(汗)何より年表の最後に「大谷翔平選手」のメジャー入りの記載。これがいちばんの札幌の30数年の中での最大の変化に思えた。某銀行破綻とかそういうのよりも。2018/04/05
かず
3
創成川は、作業場の用水、舟運のために1866年に作られた。創成川と北2条を東西に流れる胆振川が直行していた。黒田清隆などは創成川の両脇を中心に都市を作ろうとしていたが、札幌停車場とススキノ遊郭の間を結ぶ駅前通りに主軸が移った。2018/06/10
そーすけ
1
52*北海道に住んでいても、郷土史について知らないことはたくさんあるので、勉強になった。大通公園の北側を官地、南側を民地にしたとは知らなかった。言われてみれば、現在も大通公園を挟んで街並みの雰囲気が異なっている。かつては、大通公園に郵便局が突き給与を受け取る時に印鑑を使用していた。出してたのね。狸小路1丁目には、はんこ屋が集まっていた。兵隊があんまりイメージしていなかったけど、札幌も占領されていたんだよな。昔の建物はロマンがあるなぁ。平成に入ってから、長い歴史に終止符を打ったお店が多いですねぇ……。2018/03/26