出版社内容情報
20世紀前半に幻想的歴史小説を発表し広く人気を博した作家ペルッツの中編小説集。史実を踏まえた奔放なフィクションの力に脱帽。解説 皆川博子
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ケイ
147
表題作を含む短編集。表題作タイトルの持つ圧倒的な主張とはまた違う、あやふやに駆り立てる恐怖感が独特。カフカの国の人だと思わせる不条理感はどの短編にもあるが、カフカのような絶望は見られず、どこか滑稽さが付きまとう。冗談にして表面は笑い飛ばしても、笑い飛ばせなかった本体と根っこは重いが、まあそんなものだという肯定があるように思える。何といっても、一番初めの『主よ、われを憐れみたまえ』が突出して良かった。個人的に短編の中では人生のトップ5に入ると思う。2018/01/15
藤月はな(灯れ松明の火)
98
長編か中編しか印象がなかったぺルッツの真逆の短編集。翻訳者はぺルッツ作品ならお馴染みの垂野創一郎氏なので安心印です。表題作は老人の言葉から息子をアンチクリストだと信じて排除しようとする父親の話。普通なら「なんちゅう親じゃ!」と憤慨する所です。ところが親父さんの頑なに見えて実際は言動が情けないのと、子供を守ろうとするお内儀さんとのやり取りが非常にコミカルなので陰惨さが全くありません。しかし、我が子を守ろうとする母性が対立する夫がいなくなった途端に皮肉だよなぁ〜。そして赤ん坊の運の強さは確かに異様。2017/11/01
nobi
92
ロシア秘密警察に迫られての暗号解読、ロシア軍捕虜となって読むある日のウィーンの新聞、サラザン男爵が受け継いだ病、プラハ霰弾亭でのビール賭け…と舞台装置に事欠かない。いずれも夜の場面が主体。表題作も夜に秘密が明かされる。ただこの作品に色彩を感じるのは地中海に面したパレルモの話だから?それに港広場近くの靴職人、鎹、聖遺匣、瀝青、牛乳壺…といった景色が18世紀の奇譚の世界に誘う。実直な夫婦に齎された不吉な予言。予言がどうであれ我が子を守らんとする母親の気迫は男共を引き下がらせ妙案をひねり出す。その成り行き圧巻。2018/04/02
HANA
81
歴史幻想小説集。表題作のみ既読。短編集であるがどの話も登場人物が人形劇の人形の如く、過去や抗えない運命の大きな流れに操られ翻弄されるような話が多い。そこがペルッツ独自で『第三の魔弾』や『ボリバル侯爵』と共通しているように感じる。「霰弾亭」や表題作、「夜のない日」が特にそれが顕著だが、大なり小なりどの話にもそれが影を落としている。一日が永遠の相を帯びるボルヘスっぽい「一九一六年十月十二日火曜日」や怪奇小説の王道「月は笑う」も趣が変わってて面白いし。まさに「花も実もある絵空事」を存分に堪能する事が出来た。2017/12/10
星落秋風五丈原
55
ジェノバの靴直しが司祭の家政婦と結婚。クリスマスイブに赤ん坊が生まれるが夢判断からただ一人赤ん坊の恐るべき正体を知る靴直しと、なぜか彼の殺意をすり抜けてしまう赤ん坊の攻防『アンチクリストの誕生』では、赤ん坊の未来の姿がラストで明かされる。人間が死力を尽くして運命を変えようとするにも関わらず、結局定まった運命に落ちついてゆく様は、従来のペルッツ作品に共通のモチーフ。靴直しが信仰に忠実であった事は人間は誰一人理解できなかった。それと同様の視点で描かれる『主よ、われを憐れみたまえ』『夜のない日』2017/11/02