中公叢書
イタリアン・セオリー

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  • サイズ B6判/ページ数 269p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784120045912
  • NDC分類 137
  • Cコード C1095

内容説明

イタリアの思想は伝統的に、国民国家という枠組みに縛られてこなかった。あらゆる局面で国民国家の枠組みが弱体化しつつある現在、その思想がアクチュアリティを帯びてくるのは必然的といえよう。「生政治」の思考を突きつめたこと、神学の「世俗化」を積極的に議論の俎上に載せたこと、「否定の思考」に実践的に取り組んでいること。この三つ巴こそがイタリアン・セオリーの最大の特徴にほかならない。アガンベン、ネグリ、カッチャーリ、エスポジト、タフーリらの思考が描く生きて脈打つ軌跡を辿る。

目次

第1章 「死政治」から「非政治」へ―イタリアにおける「生政治」の展開
第2章 ナポリ発、全人類へ―ロベルト・エスポジトの思想圏
第3章 カテーコン―神学と政治の閾
第4章 翻訳の「神学」と人類学
第5章 聖フランチェスコの亡霊
第6章 カッチャーリとモダニズムの「天使」たち―『必要なる天使』に寄せて
第7章 建築の堕天使―マンフレード・タフーリと批評
第8章 デリダを読むアガンベン、アガンベンを読むデリダ
第9章 新たなる方法序説―アガンベン『事物のしるし』に寄せて
第10章 ネグリ+アート

著者等紹介

岡田温司[オカダアツシ]
1954年、広島県生まれ。1978年、京都大学文学部哲学科卒業。85年、京都大学院文学研究科博士課程単位取得退学。岡山大学助教授等を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専攻、西洋美術史・思想史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

d0g_ville

5
各章に明確な繋がりがあるわけではなく、ある章では建築について、またある章では芸術について語られている。未邦訳の書籍論文を多く取り上げており、中でもデリダが晩年に著した浩瀚なテクスト『獣と主権者』では辛辣なアガンベン批判が繰り広げられていたという事実については驚きであった。2014/08/17

きつね

3
この著者にしてはうすあじ。2014/03/01

Mealla0v0

0
デリダやドゥルーズといったフランスの知的巨人が亡くなったあと、イタリア現代思想は俄かに注目され始めた。だが、イタリアの哲学が注目される理由は、そうした外的要因に由来するばかりではない。本書はまず、イタリアが差異の場として機能して来た点からはじまり、アガンベンやエスポジトの生政治=死政治から非政治といった生の思想、イタリアの伝統的な美学とベンヤミンの交錯たる天使とカッチャーリ、あるいはバチカンのお膝元において格闘され形成された宗教哲学など、幅広く論じられている。西洋における「外の思考」の実践を垣間見るのだ。2016/11/11

ぷほは

0
デリダによるアガンベン批判については既に言及されているようだったが、『開かれ』についてはなかった。刊行年とのタイミングのズレもあるだろう。カフカやベンヤミンの思考はどこかヨーロッパの辺境の思想を呼び込むようなところがあると思うのだが、それを中世哲学やダンテに強いイタリアの思想家たちがどう捌くのか、という点では興味深い議論はいくつかあるものの、やはり本場のキリスト的身体論やら政治神学の方があちらにはしっくりくるようだ。アヴィラのテレサやエックハルトの議論をもう少し読みたかった。近代政治哲学との繋がりは微妙。2015/12/05

Bevel

0
ナポリの話とデリダの話がよかった。エスポジト推しな話はいまいちピンとこなかったな。2021/01/15

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