【新宿南店】 『なめらかな社会とその敵』をもっと理解するための10冊。
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「なめらかな社会」が近代をメジャーバージョンアップする。
近代民主主義が前提としている個人(individual)という仮構が解き放たれ、いまや分人(dividual)の時代がはじまろうとしている。人間の矛盾を許容して、分人によって構成される新しい民主主義、分人民主主義(Divicracy = dividual democracy)を提唱する
近代民主主義が前提としている個人(individual)という仮構が解き放たれ、いまや分人(dividual)の時代がはじまろうとしている。人間の矛盾を許容して、分人によって構成される新しい民主主義、分人民主主義(Divicracy = dividual democracy)を提唱する
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場所:紀伊國屋書店新宿南店5階新刊フェア台
期間:2013年4/7(月)~5/14(火)
出版直後から話題をさらっている『なめらかな社会とその敵』 。
人文書としては異例のヒットを記録、新聞書評やネット上で大いに評判を呼び、注目度は高まるばかりです。とはいえ、「生態系にもとづく社会の再構築、あるいはそのなめらかな移行を目指す」という論旨は十分に理解するにはなかなか難しいのも事実です。
そんな折、「『なめらかな社会とその敵』をもっと理解するための10冊」という個人ブログのエントリに出会いました。ブログ主は東京大学大学院の下西風澄さん。いずれも知的好奇心を大いに刺激される著作が並び、逆説的に『なめらかな社会とその敵』の魅力を感じることができます。また、推薦書籍に対する下西さんの評が、『なめらかな社会の敵』の最良のガイドという役割を果たしているとも言えます。
新宿南店では、『なめらかな社会とその敵』とともに、下西さんが推薦される著作をあわせて展示するフェアを開催しております。
この機会に、推薦書籍と共に『なめらかな社会とその敵』の知的興奮をぜひ味わってください。
人文書としては異例のヒットを記録、新聞書評やネット上で大いに評判を呼び、注目度は高まるばかりです。とはいえ、「生態系にもとづく社会の再構築、あるいはそのなめらかな移行を目指す」という論旨は十分に理解するにはなかなか難しいのも事実です。
そんな折、「『なめらかな社会とその敵』をもっと理解するための10冊」という個人ブログのエントリに出会いました。ブログ主は東京大学大学院の下西風澄さん。いずれも知的好奇心を大いに刺激される著作が並び、逆説的に『なめらかな社会とその敵』の魅力を感じることができます。また、推薦書籍に対する下西さんの評が、『なめらかな社会の敵』の最良のガイドという役割を果たしているとも言えます。
新宿南店では、『なめらかな社会とその敵』とともに、下西さんが推薦される著作をあわせて展示するフェアを開催しております。
この機会に、推薦書籍と共に『なめらかな社会とその敵』の知的興奮をぜひ味わってください。
選者紹介:下西風澄
Kazeto Shimonishi1986年鹿児島県生まれ。
2006年慶応義塾大学SFC入学。
2010年東京大学大学院iii修士課程入学。
2012年東京大学大学院iii博士課程入学。
専門は科学哲学。生命論、身体論、認知科学の領域を中心に、システム論的アプローチ/現象学的アプローチから生命や意識を探る哲学研究。
INSC,NetSci,SIGGRAPHなどの国際学会で発表する傍ら、現在は日本科学未来館、渋谷UPLINK、などでの講演活動も行う。
kazeto.jp
・認知科学や心の哲学の分野で活躍するアメリカの哲学者Andy.Clarkの邦訳書。人工知能やロボティクスの研究を通じて、人間の心が脳だけでなく身体や環境に依存していることを明らかにしていく、この分野の入門にして先端の書。
・本書の第三章「心と世界-移ろう境界」は、鈴木健氏が翻訳を担当している。「心は漏れ出しやすい組織である。絶えず「自然な」境界を抜けだして、臆面もなく身体や世界と混じりあってしまう。」と始まる本章は、鈴木氏の文体と思想の土壌を垣間見ることができる。
・本書の第三章「心と世界-移ろう境界」は、鈴木健氏が翻訳を担当している。「心は漏れ出しやすい組織である。絶えず「自然な」境界を抜けだして、臆面もなく身体や世界と混じりあってしまう。」と始まる本章は、鈴木氏の文体と思想の土壌を垣間見ることができる。
・複雑系の分野を切り開き続ける物理学者、池上高志氏の研究と思想をまとめた一冊。主にコンピュータシミュレーションの実験と力学系の理論を通じて、構成的に生命と意識を探る必読の一冊。
・鈴木健氏は、本書の著者である池上高志氏の研究室出身である。著者の理論的バックボーンに複雑系の思想があることも踏まえて、本書は大きな手がかりになると思われる。
・鈴木健氏は、本書の著者である池上高志氏の研究室出身である。著者の理論的バックボーンに複雑系の思想があることも踏まえて、本書は大きな手がかりになると思われる。
・1970年代初頭に生物学者マトゥラーナ、ヴァレラによって提唱され、その後社会学者ニクラス・ルーマンによって世に知れ渡り、思想界にまで議論が波及した異端の生命論。自己複製や進化を中心とした生命理解ではなく、「境界」の問題を生命理解の中心に置いた。
・『なめらかな社会とその敵』では、本書が提案する「オートポイエーシス理論」をベースに議論が展開されている。「境界とは何か」という問題に対する核心をついた本書は、やや難解ではあるが、ひとつの歴史を作ったと言ってよいほどの隠れた影響力を持つ。
・『なめらかな社会とその敵』では、本書が提案する「オートポイエーシス理論」をベースに議論が展開されている。「境界とは何か」という問題に対する核心をついた本書は、やや難解ではあるが、ひとつの歴史を作ったと言ってよいほどの隠れた影響力を持つ。
フランシスコ・J.ヴァレ−ラ、エヴァン・トンプソン / 工作舎
2001/08出版
ISBN : 9784875023548
¥2,940 (税込)
・『オートポイエーシス』の著者でもあるフランシスコ・ヴァレラの書いた新しい認知科学の方法論を提供する一冊。第三人称的記述と第一人称的な記述を、神経科学と現象学を相互制約的に活用することで架橋しようとする挑戦的な書。また、その方法論と思想的背景に仏教を用いるという極めてラディカルでスリリングな一冊。
・『なめらかな社会とその敵』は、単に社会システムを技術によって更新するだけではなく、そのことによって社会システムを環境とする人間を拡張しようとする試みでもある。本書は人間の経験が生物学的・認知的なレベルでどのように構成されるかを提供し、またそれが仏教的な思想に近づく可能性を示唆する。「なめらかな社会は"仏教哲学のひとつの実装形態"かもしれない」と言う鈴木健氏のイメージをリアルにするだろう。
・『なめらかな社会とその敵』は、単に社会システムを技術によって更新するだけではなく、そのことによって社会システムを環境とする人間を拡張しようとする試みでもある。本書は人間の経験が生物学的・認知的なレベルでどのように構成されるかを提供し、またそれが仏教的な思想に近づく可能性を示唆する。「なめらかな社会は"仏教哲学のひとつの実装形態"かもしれない」と言う鈴木健氏のイメージをリアルにするだろう。
・建築家・芸術家、荒川修作の代表的著作。「人間は死なない」と言い続けた荒川修作は、まさに新しい生命、新しい身体を「建築」しようとした人物であった。本書はほとんどの文章が独自の述語で書かれており、まともに読むのは難しい。しかし、本書に触れつつ、何より実際の建築物である《三鷹天命反転住宅》や《養老天命反転地》に行くことをオススメする。
・「建築」とは、「建物」のことではないというのが本書のテーマである。建築とは生命が自分自身を構成する働きのことである。そのインターフェイスが身体であり、衣服であり、建物であり、情報環境であり、社会システムである。『なめらかな社会とその敵』はその意味において「生命にとって建築とは何か」という問いが隠れたテーマであり、本書とはその根底において深くつながっている。
・「建築」とは、「建物」のことではないというのが本書のテーマである。建築とは生命が自分自身を構成する働きのことである。そのインターフェイスが身体であり、衣服であり、建物であり、情報環境であり、社会システムである。『なめらかな社会とその敵』はその意味において「生命にとって建築とは何か」という問いが隠れたテーマであり、本書とはその根底において深くつながっている。
・コンピュータ/WWWの黎明期における創始者たちの設計思想を集めた論文集。冒頭には西垣通氏の解説が収録されている。コンピュータだけで知能を実現するAI(Artificial Intelligence)から、人間の知能を増幅するものとしてのコンピュータ=IA(intelligence amplifier)へ、というテーゼが示されている。
・新しい技術の持つ設計思想がいかに人間や社会を変えていくかという観点から言えば、本書は『なめらかな社会とその敵』ともっとも親和性が高い本かもしれない。本書に収録されたチューリングやブッシュ、エンゲルバートらの鈴木健氏への影響は極めて大きいと思われる。
・新しい技術の持つ設計思想がいかに人間や社会を変えていくかという観点から言えば、本書は『なめらかな社会とその敵』ともっとも親和性が高い本かもしれない。本書に収録されたチューリングやブッシュ、エンゲルバートらの鈴木健氏への影響は極めて大きいと思われる。
・言わずと知れたメデイア論の古典的名著。活版印刷技術が西欧近代の形成に果たした役割の分析を通じて、新たなメデイアの登場が私たちの身体性、そして社会システムを変えてしまうことを明らかにする。アカデミックな批判を受けることもあるが、その批評性と想像力は現在もひときわ目立つ。
・「なめらかな社会」を実現するために、著者は「300年くらいかけてやりましょう。」というメッセージを発しているが、それは15世紀における活版印刷の発明から、18世紀の市民革命までの歴史も念頭に置いている。新しいメデイアが時間をかけて、身体性と社会を変えてしまうことへのリアリティが本書によって増すはずである。
・「なめらかな社会」を実現するために、著者は「300年くらいかけてやりましょう。」というメッセージを発しているが、それは15世紀における活版印刷の発明から、18世紀の市民革命までの歴史も念頭に置いている。新しいメデイアが時間をかけて、身体性と社会を変えてしまうことへのリアリティが本書によって増すはずである。
・思想家、東浩紀氏を中心とした国際大学GLOCOMでの研究会の記録。プログラマーやIT企業経営者などの情報社会の設計者たちと、法学者や社会学者らの情報社会の分析者たちの協働討議。インターネットや情報技術の問題や可能性を先駆的に議論している。合わせて『倫理篇』もオススメ。
・鈴木健氏はこの研究会のサブ司会も担当。「なめらかな社会」についてのプレゼンテーションや、様々な議論が収録されている。「鈴木健の構想は宗教に他ならない。」という法学者の指摘に、「生態環境を根底から書き換える意味で、むしろ生態学的。」と応える鈴木氏など熱い議論を見ることができる。
・鈴木健氏はこの研究会のサブ司会も担当。「なめらかな社会」についてのプレゼンテーションや、様々な議論が収録されている。「鈴木健の構想は宗教に他ならない。」という法学者の指摘に、「生態環境を根底から書き換える意味で、むしろ生態学的。」と応える鈴木氏など熱い議論を見ることができる。
・17世紀のヨーロッパで起こった科学革命、あるいはデカルト的哲学は、人間と自然の関係を完全に分離して、この世界から神秘や未知を排除してしまった。人間と自然が渾然一体になって共に生きていた「魔術的世界」が近代科学によって追放されてしまった現在、G.ベイトソンなどに見出される新たな科学的認識論によって世界を「再魔術化」することは可能かを問うた。
・「自然知性」と鈴木健氏が著書の中で紹介するアイデアは、自然現象と人間をひとつの計算プロセスの中で再構成しようという試みである。情報技術を媒介に、花や草、あるいは鳥や木など、他の生物種との共通プロトコルを作ることで生態系全体を巻き込んだコミュニケーションを立ち上げようという世界像は、私たちがもはや忘れてしまった「魔術的世界」を新しい技術で呼び戻す「再魔術化」の挑戦でもあると言える。
・「自然知性」と鈴木健氏が著書の中で紹介するアイデアは、自然現象と人間をひとつの計算プロセスの中で再構成しようという試みである。情報技術を媒介に、花や草、あるいは鳥や木など、他の生物種との共通プロトコルを作ることで生態系全体を巻き込んだコミュニケーションを立ち上げようという世界像は、私たちがもはや忘れてしまった「魔術的世界」を新しい技術で呼び戻す「再魔術化」の挑戦でもあると言える。
・サルトルによって絶賛され、若干43歳でノーベル賞を受賞したフランスの小説家・劇作家アルベール・カミュの出世作。母を亡くした主人公ムルソーが巻き込まれた不運の事故とその裁判を巡る物語。
・「この複雑な世界を、複雑なまま生きることはできないのだろうか。」と始まる『なめらかな社会とその敵』の最初の扉文にはカミュの文章が掲載されている。まさに、この物語の主人公ムルソーは「複雑な世界を、複雑なまま」生きようとした人物そのものであり、そしてそれが叶わない社会に生きた人間であった。
(本書は小説であるし、直接的に著書に関係するわけではないが、「複雑な世界を、単純化して生きてしまわざるを得ない人間。」のイメージが、この物語の中に実に生々しく描かれているため、強くオススメする。)
・「この複雑な世界を、複雑なまま生きることはできないのだろうか。」と始まる『なめらかな社会とその敵』の最初の扉文にはカミュの文章が掲載されている。まさに、この物語の主人公ムルソーは「複雑な世界を、複雑なまま」生きようとした人物そのものであり、そしてそれが叶わない社会に生きた人間であった。
(本書は小説であるし、直接的に著書に関係するわけではないが、「複雑な世界を、単純化して生きてしまわざるを得ない人間。」のイメージが、この物語の中に実に生々しく描かれているため、強くオススメする。)













