ひと雨ごとに秋の深まる今日この頃です。先日のコーヒー特集[前篇]に引き続き[後編]は、文芸篇をお届けします。少し切ない気分に浸りたい時や、ゆったりと幸せな気分に浸りたい時など、その時々の気分に合わせて愉しめ、それでいてコーヒー時間のお供にもぴったりと思える本をあつめてみました。
コーヒーへの憧憬を誘う
「まだ小さいから、ダメよ。これは大人の味ですよ」と言われ続けても、コーヒーへの憧れがどんどん増していったのはいつからだろう? 「どうして苦いのに美味しいのかな?」「どのくらい苦いのかな?」「大人の味ってどんなだろう?」なんて想像を逞しくさせながら読んだ本は、確かこんな本でした。お子様と一緒に愉しむも良し、独り占めして読むのも良しのニ作品です。長年読み継がれ、愛され続ける名作を、この秋に再度ワクワクしながら堪能してみませんか?
大どろぼうホッツェンプロッツ
オットフリ−ト・プロイスラ−、フランツ・ヨ−ゼフ・トリップ / 偕成社
2010/09出版
ISBN : 9784036082506
¥945 (税込)
大変だ! 珈琲挽きが盗まれた!! 僕たちがあげた、おばあさんの宝物の珈琲挽き。カスパールとゼッペルの珈琲挽きを取り返す奮闘が始まる......。1966年に日本で翻訳され出版されて以来40年以上も愛され続ける、ドイツの童話です。「大どろぼう」シリーズ三部作の第一作目。小学校の中高学年向きで、お子様へのプレゼントにもきっと喜ばれる作品です。
若草物語
ルイザ・メイ・オルコット、松本恵子(翻訳家) / 新潮社
1986/12出版
ISBN : 4102029036
¥620 (税込)
『若草物語』といえば、幾度となく映像化されている名作です。南北戦争を背景に、それぞれに個性を持つ四姉妹の成長物語ですが、中でも、次女ジョーの活発な様子は、物語が進むにしたがって、だんだん感情移入をさせられていくでしょう。そんなジョーの初恋の人との出会いの小道具として珈琲が登場します。どんな風に珈琲がアクセントになっていくかは読んでからのお楽しみです。
ハッピーコーヒー時間のお供に
客の中の誰かにコーヒー代を払ってください、と頼む以外に途はない!
(『一杯の珈琲から』本文より)
公園のベンチで昼休みに読書していても、まだ耳たぶが赤くなるほどではない。暑すぎることもなく、寒すぎぎることもない。あと少しの間だけ続く、風の心地良いこの季節に、ゆったりと読書に耽るのは、至高の時といえるのではないでしょうか? そんな幸せなコーヒー時間のお供には、秋風のように穏やかで、品が良く、コーヒーと同じくらい温かい作品を読みたいもの。これからご紹介する四作品は、まさにそんな言葉がぴったりの本です。
一杯の珈琲から
エ−リヒ・ケストナ−、小松太郎 / 東京創元社
1993/12出版
ISBN : 9784488508036
¥525 (税込)
幸せな珈琲時間のお供に、是非ともお勧めしたいのがこの作品です。原題とは異なりますが、本書はその邦題どおり、「一杯の珈琲」から始まる恋の物語。為替管理法により、バカンス旅行中にも関わらず、国境のあちらとこちらで真逆の生活を強いられるゲオルク青年の日記を軸に、軽妙洒脱で品の良いケストナーの世界に浸ってみるのはいかがですか? 心をほんわか温かくさせる珠玉の一冊です。
鼻/外套/査察官
ニコライ・ヴァシ−リエヴィチ・ゴ−ゴリ、浦雅春 / 光文社
2006/11出版
ISBN : 4334751164
¥680 (税込)
不可解だと思っていたゴーゴリがこんなに面白かったなんて! と驚かされること受け合いの、この落語調で新訳された一冊。珈琲が登場する作品は『鼻』。ある日、パンの中から鼻を発見した男と、朝起きたら鼻が無くなっていた男。鼻を取り巻く珍事が魅力の本作は、それこそ「鼻」が「中心」なだけあって、数々の薫りや匂いを彷彿させるシーンが満載です。はてさて、珈琲はどこで登場するのやら......。
小さな手袋/珈琲挽き
小沼丹、庄野潤三 / みすず書房
2002/02出版
ISBN : 9784622048251
¥2,730 (税込)
小沼丹は秋にぴったりな作家のひとりでしょう。ひらひらと空を舞う落葉のような彼の視点は、秋風のように心地良く穏やかな気分にさせる不思議な魅力を放ちます。本書は、小沼丹の数多くある随筆の中から、彼と親交の厚かった庄野潤三が編集・解説したエッセイ集です。六十一篇の中で、珈琲の登場する随筆は一篇だけですが、それ以外の作品も、きっと珈琲時間の良いお供になってくれるはず。
コ−ヒ−もう一杯
山川直人 / エンタ−ブレイン
2009/05出版
ISBN : 9784757749009
¥683 (税込)
帯に紹介される「漫画界の吟遊詩人が贈る、アロマ香る物語」のとおり、珈琲を愛する人々の悲喜こもごもを綴った、心に沁みる短篇集。全ての作品が一話完結で紹介されているので、全五巻あるうちのいずれの巻、いずれの話から読みはじめても楽しめます。どこか懐かしく、珈琲のように苦く、甘く、そして温かい作品です。
メランコリィコーヒー時間のお供に
「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じかもしれへん。
そんな大きな不思議なものをモーツァルトの優しい音楽が表現してるような気がしましたの」(『錦繍』本文より)
上に紹介した抜き書きは、『錦繍』の主人公、勝沼亜紀がコーヒーの美味しい喫茶店「モーツァルト」の主人に伝えた、モーツァルトの感想です。こんなモーツァルト観に共感したり、落ちゆく木の葉に切なさを覚える......。金木犀の薫りが胸を締め付ける.....。メランコリィな気分に浸りたい気持ちを満足させてくれるのが「読書」です。だからこそ、こんな作品はいかがでしょうか? と選んだ三作品です。それにしても、秋になるとなぜ、情緒的気分に浸りたくなるのでしょう? そんな問いの答えがこれらの作品中にあるのかもしれません。
錦繍
宮本輝 / 新潮社
2004/03出版
ISBN : 4101307024
¥515 (税込)
とある事件をきっかけに、別れなければならなくなった男女が十年の時を経て、偶然出会う。女は男に宛てて一通の手紙を綴る。それから始まる手紙のやり取りでのみ物語は織りなされていきます。本書は「愛と再生の物語」です。哀しみや孤独を知り、挫折を知り、その中から一条の光を見出すことの美しさを教えてくれる一冊です。
舞姫・うたかたの記
森鴎外 / 岩波書店
1981/01出版
ISBN : 4003100603
¥525 (税込)
『うたかたの記』の舞台はドイツ。六年前にひと目惚れしたすみれ売りの少女と、カフェで再会した日本人画学生。しだいにその少女の辿った数奇な運命があきらかになるが......。魂がうち震えるほど儚い悲恋物語です。西欧文化への深い憧れを持っていた、明治時代の大衆の心を刺激し続けた、森鴎外の美しい筆致に惹き込まれる秋のひと時はいかがでしょう。
桜の園
アント−ン・パ−ヴロヴィチ・チェ−ホフ、小野理子 / 岩波書店
2009/03出版
ISBN : 4000073079
¥945 (税込)
貴族出身で世辞に疎い「桜の園」女領主と、その一家の斜陽を描いたチェーホフの生涯最後の戯曲。文化祭シーズンが訪れると、そこここで上演されるこの『桜の園』ですが、女主人ラネーフスカヤの浪費癖のあらわれのように、昼に夜にと幾度となく、一日中珈琲を飲むシーンが出てきます。本書を手にラネーフスカヤ気分に浸るのも良いかもしれません。
まだまだあります! 注目のコーヒー本
間違いない。これぞまさしく、かの至言の中に夢見てきた味。
長らく僕が探し求めてきた、理想ともいうべきコーヒーの味。(『珈琲店タレーランの事件簿』プロローグより)
京都の小路にひっそりと店を構える珈琲店「タレーラン」で、理想の珈琲と出会い、そこに足しげく通うこととなった主人公、アオヤマ青年。謎解き好きの女性バリスタと、そこで起こった出来事や、周囲で起こる事件を次々と軽妙なタッチで解決へ導くミステリー。第十回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉として出版された作品です。
コーヒーに不純物を混ぜることは、コーヒーを冒涜する行為である(『冷たい密室と博士たち』本文より)
上の抜粋『冷たい密室と博士たち』の文章は、この『すべてが F になる』の主人公、犀川創平の言葉です。本作で作家デビューを果たした森博嗣のこのシリーズは、つづく九作品で完結されます。「気分が良いときは、まず珈琲を飲む。しかも必ずブラック」の N大助教授・犀川創平と学生・西之園萌絵が挑む、めくるめく推理小説の世界に没頭する秋も素敵です。
さて、前後編の二回にわたってご紹介した「コーヒー特集」いかがでしたでしょうか。
「コーヒー」とひと言でいっても、さわやかな酸味の強いものや、人生を反映するかのような苦いもの、はたまた、お砂糖やミルクをたっぷりと入れた甘いものがあるように、その楽しみ方は種々多様です。ちなみに私はお砂糖をたっぷり入れて飲む派ですが、その昔、ヨーロッパへ旅した際に、エスプレッソ自慢のバルの主人から「人生は苦いんだから、コーヒーくらい好きなだけ甘くして飲んだら良いよ」と背中をおされて以来、コーヒーを甘くして飲むことの恥ずかしさが消えました。
そんなコーヒーの愉しみ方の多様性をあらわすかのような、ここでご紹介した作品の悲喜こもごもを、みなさまのコーヒー時間のお供にしていただけたら幸いです。
(編集部 奥村知花)