発表!!「紀伊國屋じんぶん大賞2011――読者がえらぶ人文書ベストブック」
今年で第2回目を迎えました「紀伊國屋じんぶん大賞――読者がえらぶ人文書ベストブック」(昨年の第1回はこちら)。この度もたくさんのご投票をいただき、誠にありがとうございました。読者の皆様からお寄せ頂いた"2011年のベスト「人文書」" ※をこちらで集約し、「大賞」ならびにベスト30を選定させて頂きました。
※今回のフェアにあたっては、「人文書」は哲学思想・歴史・宗教・心理・教育・文芸批評の書籍とさせて頂きました(文庫・新書含む)。
國分功一郎/朝日出版社![]()
●読者推薦コメント
●須賀喬巳さん
「人生は死ぬまでの暇つぶし」という言葉があるけれど、そもそも"暇と退屈"がなければ読書の時間だってありえない。あまりにありふれているのに誰もが逃れられない"暇と退屈"論。でも読みすすめるとタイトルには似つかわしくない熱が迸っていることに気づく。まったく退屈しないから暇じゃなくても読んでほしい! 明日からの"暇と退屈"が、つまり人生が変わります。●藤本浩介さん
古今東西の思想を参照しながら「退屈」について考えるうちに、いつの間にやら「いかに生きるべきか」という根源的な問いに答えようとしてしまう驚きの思考。哲学書と呼ぶにはあまりに読みやすく、しかし軽いエッセイや自己啓発書には決してもちえないだろうフェアな説得力を備えた、かつてない人文書です!●平松虹太朗さん
本書の中に鳴り響く暇と退屈を巡る哲学者たちの咆哮が私の心を打った。例えば、ハイデガーに依拠して展開される「暇がないが退屈している」状態についての言説は、暇と退屈の単なる分類を越えた現代人の陥りやすい《存在論的思索の忘却》を告げた。レールの上に乗ってさえいればとりあえずの「生」を営むことができる私たちの「生」は虚構の「生」へと変容しやすい。そのような状況で苦悩する私にとって、本書は暗闇を照らす一筋の光であった。その輝きは単なる哲学史の解説ではなく、哲学を実践してこそ導かれた輝きであった。2011年、このような本に出遭えたことは大きな収穫であったと感じている。
●國分功一郎さん受賞コメント
紀伊國屋じんぶん大賞をいただきましたこと、とてもうれしく思います。ありがとうございます。この本は私自身が抱いていた個人的な悩みから書かれました。「誰かこの悩みについて考えてくれているひとはいないのだろうか...」と、本をなんとなく探し始めたのが10年前です。調べ始めると、これが自分だけの悩みではないこと、それどころか、これまで人類を長きにわたって苦しめてきた悩みであることが分かりました。最終的に私は歴史を一万年も遡って、人類史のことを考えるところにまで行き着きました。
この悩みについて考え始めたのは、当然のことながら、この悩みから解放されたいと思ったからでした。そして不思議なことに、〈暇と退屈の倫理学〉を構想する中で、実際に私はそこから少しずつ解放されていきました。これが学問の力なのでしょうか。学問というものはやはり何らかの役に立つようです。今回このような賞をいただけたことも、この学問の力のお陰だと思っています。
私は大学で教鞭を執る教師です。大学の教員は学問的作業を行うためのお金と時間をいただいています。誰もがハイデッガーの難しい本を読めるわけではありません。読むには訓練が必要ですし、時間も必要です。しかし誰かがやらねばならない。私のような大学教員がお金と時間をいただいているのはそのためです。ですから大学教員には、自らの学問的作業の成果を、大学の学生、そして広く社会に還元していく義務があります。
「義務」と言いましたけれども、私が感じているのはそれだけではありません。私は、お金と時間をくださり、このような作業を行うことを許してくれている大学という制度やいまの社会に心から感謝しています。なぜなら、こういうことがいついかなるときも許されるはずだなどと思ってはならないからです。それを許さない社会はすぐにでも到来しうるのです。
いま日本の大学や社会は、数え切れない程多くの深刻な問題にとりつかれています。そのことを考えると、時に絶望的な気持ちになります。特に原発事故の後、私はそのような気持ちになりました。しかし、いまの日本の大学や社会には、そうした問題を解決していくための足がかりがまだ残っています。いや、勇気ある人たちが、これまでにそうした足がかりを作ってきてくれているのです。
そうした足がかりはもうほんのすこししか残っていないかもしれません。しかし残っています。私みたいな人間が、大学教員をしながら、『暇と退屈の倫理学』という本を書いて出版し、それによってこのような賞をいただけたことが、その何よりの証拠です。
この残りわずかな足がかりを守っていかねばなりません。そしてそこに足をかけて、できる限りのことをしなければならない。そう強く思います。
●國分功一郎(こくぶん・こういちろう)さんプロフィール
1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学経済学部准教授。専攻は哲学。著書に『スピノザの方法』(みすず書房)、訳書に、デリダ『マルクスと息子たち』(岩波書店)、コールブルック『ジル・ドゥルーズ』(青土社)、ドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫)、共訳として、デリダ『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』(岩波書店)、フーコー『フーコー・コレクション4』(ちくま学芸文庫)、ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』(みすず書房)がある。
國分功一郎さんブログ、國分功一郎さんtwitter
●イベント予告●
大賞受賞を記念し、紀伊國屋書店で國分功一郎さんのトークイベント開催が決定しました!
紀伊國屋じんぶん大賞2011大賞受賞記念 【第99回紀伊國屋サザンセミナー】國分功一郎 公開授業 「『欲望と快楽の倫理学』序章」日時|3月9日(金) 19:30開演(19:00開場)
料金|1,000円(税込・全席指定)
会場|紀伊國屋サザンシアター(紀伊國屋書店新宿南店7F)
※チケット発売開始は2/中旬より予定しております。また詳細が決定し次第、HPにてご案内申し上げます。
大賞
本書の中に鳴り響く暇と退屈を巡る哲学者たちの咆哮が私の心を打った。例えば、ハイデガーに依拠して展開される「暇がないが退屈している」状態についての言説は、暇と退屈の単なる分類を越えた現代人の陥りやすい《存在論的思索の忘却》を告げた。レールの上に乗ってさえいればとりあえずの「生」を営むことができる私たちの「生」は虚構の「生」へと変容しやすい。そのような状況で苦悩する私にとって、本書は暗闇を照らす一筋の光であった。その輝きは単なる哲学史の解説ではなく、哲学を実践してこそ導かれた輝きであった。2011年、このような本に出遭えたことは大きな収穫であったと感じている。
第2位
この本を、内容それだけを取り出して読もうとするのであれば、フィールドワークの丹念な成果であるものの、読み手としては肩透かしを食らうかもしれません。しかしながら大切なのは、震災を呼び水としないフクシマの声を聴く方法に、読み手自身の生活を重ね合わせられるかどうかを問う、その結実として本書があることではないでしょうか。読書を通じて物事を考えたい方に正しく応用できる本としてこの『「フクシマ」論』はお勧めできると思います。
●読むナビさん
徹底した文献調査、地に足の着いたフィールドワーク、ニュートラルな視点、そしてあまりにもタイムリーな出版。修士論文っていうのもちょっとびっくりです。
第3位
いまさら「がんばろう」と声をあげずとも、日本はずっとがんばってきた。理想の政治と国をめざして。なのにうまくゆかなくてみなが疲れきっている。この本はそんな日本のための、諦めと冷静さに支えられた処方箋だ。もし日本の将来を選ぶことができるのなら、僕はこの本で描かれた未来を生きたい。
●四井志郎さん
民主主義の原点に立ち返り、ルソーの『社会契約論』から民主主義2.0を構想する。新たなマイルストーンが生まれました。久々に興奮する思想書です。
第4位
32歳の気鋭の日本近代史家によるまったく新しい日本通史。「源平合戦は中国化勢力と反中国化勢力の争いだった」「戦国時代最大の戦いは関ヶ原の戦いではなく石山戦勝(織田信長vs本願寺)である」「じつは日本人は明治維新が嫌い」とか、とにかく抜群に面白い。ボクは第4章以降、眼から落ちたウロコの数を数えるのを止めました。
第5位
平成ライダーへの愛の深い分析は必読。特撮ファンならずとも引き込まれます。時代に敏感に呼応して進化してきたポップカルチャーを享受するだけでなく、発信することのできる今。
その中にいる"わたしたち"も、想像力によって世界をかえる可能性をもっていること。それを自覚させ、ここから、何か考えることを始めようと思わせられます。
第6位
震災を扱った本は沢山ある。でも、今この時、この国に生きて、思想は決して無力ではないと思わせてくれた本、という意味で、この本が刊行された意味は小さくはない。考え続ける事には、何かしらの意義がある。
第7位
何度も読み返しては、泣き、笑い(!)、日本の社会保障や福祉について自分なりに調べ、考えを巡らせました。どんな「難」のくじをひいた「困ってるひと」でも生きてゆける社会を願いながら。
「さあ、生きよう。語ろう。」と本書を結ぶ言葉に、私自身救われた思いです。とにかく買って、読んでほしい。
第8位
今多くの人が感じているであろう、ある種の生きづらさのようなものを「空間の荒廃」という観点から捉える論考。そしてこの本が面白いのは、それを決して社会や経済の条件、また人間の内面といったありきたりな要素からは考えないというところ。「空間」とは何か、「空間」がどうなっているのか、あくまでもそこにこだわる態度が潔い。
第9位
情熱溢れる文体の魅力に惹かれながら一気呵成に読み終え、文学・哲学・神学の枠を超えた人文学の新たな可能性に眼を開かせてくれた。
第10位
実際にお金を使わずに一年暮らした青年の物語。でもこれは、経済活動、マネーゲームのすべてからただ「降りる」行為ではなくて、経済活動を極限に切り詰めることで初めて見えてくる「豊かさ」を見つける作業なんだと思います。
第11位
本を読むことでなにか安心できる「答え」や「名言」を求めている人は、読まない方がいい。この本には明確な答えや人を感動させるための名言など、書かれてはいない。若ければ若いほどきっと、読んでももやもやするだけだ。
これは問題提起の一冊なのだ。「現時点での幸福度は高い、でも、この先は?」。この本が「若者」によって書かれたことは、ジレンマだ。
しかし、そろそろ何かが動き出すかもしれないという予感もつよくあった。
というより、動かさねばならない、どうにかせねばならない張本人は、
読んでいるこの「わたし」なのだと気づいたとき、そっと本棚に収めて読まなかったことにするか、本を放り投げて動き出すか。
第12位
今の日本の思想界・哲学界に欠けているものとはなにか?それは神学的な位相の偏見なき受容と脱構築であろう。いまだ日本の哲学界が輸入哲学と揶揄されるのは、超越的実在に基づく実存的関係論への考察が決定的に欠如しているからだ。そのような中で丹生谷貴志の『<真理>への勇気』は眩いばかりの叡智の輝きを放っている。真理への飽くなき探究、まさにそれこそが愛智、フィロソフィアであることをこの本は再確認させてくれる。
第13位
どこへ向かうのか知れない文体で、坂田三吉、小野十三郎、川島雄三などを横糸に、大阪ディープサウスの路地裏に潜む資本主義のエートスを活写、壮大なスケールで立体化させた、大阪論の決定版にして日本のパサージュ論。あまたある「社会」を前提とするような議論は無化され、私たちを悩ませてきたのは「社会化」という反革命だということに気付かされる。
第14位
科学技術の進歩や自然法則の発見に際し、我々日本人はなんとなく「神」や「宗教」から遠ざかる気がしますよね?けれど西洋人は「こんな完璧な法則があるのだから創造主がいるに違いない」と考えるようです。「キリスト教」以上に「キリスト教的考え方」を学ぶ絶好の書です。
第15位
著者のフーコーに対するエロティックなまでの愛着が全編にみなぎり、その愛ゆえに『監獄の誕生』の魅力を的確かつ平易に伝えずにはいられないという画期的入門書。フーコーを読むための勘所がピンポイントで押さえられていて痒いところに手が届きます。「不快に思うべきことを、不快に思いつづける」ためのフーコーの本です。
第16位
「浅葱色」などの具体例は、理解はできるものの、すっと腑に落ちてはこない。そんなとき、私を拒む力を感じる。しかし、なんでだろう、ひとたび読み始めると、その世界に入り込みたくもなる。
第17位
「ショック・ドクトリン=惨事便乗型資本主義」。この物差しを持って見れば、世界の大事件も日本を取り巻く環境―たとえば、震災後、声高に唱えられてきた「復興」の二文字や話題のTPP問題など―も、その「からくり」がクリアになる。この本が2011年に邦訳刊行された意義は大変大きい。ポスト3.11を生きるために今もっとも読まれるべき一書。
第18位
戦争を地図から立体化させていく着眼。
そこから国家の思惑をあぶり出していく圧巻の作業。
地図は、土地を偽装する隠蔽性を持てば、権力の証左にもなり得る。
いずれにせよ恣意的なのだ。
限られた情報源に、歴史の攻防を見つけ出す一冊。
第19位
日本の原子力開発利用の経緯を鳥瞰できる、唯一無二の通史。3.11後に大幅加筆修正され、この秋、待望の新版刊行となった(旧版は1999年刊)。加筆された6章7章は特に衝撃的。日本で過去、これほどの原発事故が起こっていたとは...福島原発事故がある種「必然の結果」だったとすら思われてくる。
第20位
同性愛と死。『花のノートルダム』や『ブレストの乱暴者』などで書き続けたテーマはまさにこの二つに尽きる。けれども晩年間際に残した発言・テクストを網羅した本書を読むと、この二つの問題は序章にしか過ぎなかったのだと思い呆然とする。ジュネは敵対性の真っ只中で生まれる数々の諸問題に関わり、それでもそこに自分の求める完全な敵がいないことを嘆く。
とにかく本書序文に一度目を通して頂きたい。その瞬間敵はもう目前に迫っているのだ。
第21位
「悲しみは、いざ訪れると、私たちが予期したようなものでは少しもない。」この一文が心に突き刺さります。愛する人を失った時の喪失感、そこから立ち直ろうとする姿も、とてつもなくリアル。
第22位
今こそ、政治を実際に動かす思想を、私たちは取り戻さなくてはならない
デカルト、ライプニッツ、ベルクソン、フロイト、マルクス、トクヴィル、アレント、ニーチェ......哲学の系譜をたどりながら、政治の問い方を見出す
読書人必読の書評サイト「ウラゲツ・ブログ」にて、「2011年上半期ベスト1」とコメントされています。
第23位
英語詩を読む前に一読しておくことをオススメします。イーグルトンならではの切れ味と緻密さをもって語られ、分析される英語詩の世界は圧倒的。「詩を読む」ことの意味が濃密に感じられる一冊です。
第24位
仕事をサボって公園で読書する少女は革命を起こしうるか?
この世界に対するノン。それは「叫び」というきわめて原初的な衝動となって、抑圧的現状に亀裂を走らせる。「叫び」なき抵抗は、抑圧の装置となりかねない。この原初の衝動のもとでこそ、あらゆるものは等価になる。
第25位
原子力発電を「無害化不可能な有毒物質を生みだし続ける未熟な技術」と語る著者。唯一の被爆国であるはずの日本が、なぜこの大問題に直面しているのか。まず"知る"ために一読の価値あり。
第26位
「自分が当然としか思っていなかった社会の構造を問い直すこと、これが社会科学だと私は思」(92頁)う、という姿勢。小熊氏の著作にはこの姿勢が底にある。蓋しこの姿勢は,社会科学において人文科学を再考するきっかけでもある。
第27位
アラブ革命の衝撃から始まり、イスラーム学者である井筒俊彦の著作が続々と復刊された(若松英輔氏による『井筒俊彦 叡智の哲学』も話題に)2011年は、人文界にとって「イスラームの年」でもあった気がします。その決定打として刊行されたかに見えたのがこの『イスラームから見た「世界史」』です。
アフガニスタン出身で米国在住の著者は、そこにはまさに「もう一つの世界史」が存在するのだと力強く主張し、西洋と東洋に挟まれた「ミドルワールド」の姿を我々に示してくれます。
第28位
フィリップ・ソレルスらフランスの思想家・批評家が中心となって創刊した雑誌「テル・ケル」。これまで断片的に語られることはあっても、まとまって日本に紹介されることはなかったこの文芸誌を、20世紀後半の文化運動・政治運動の時代のなかで描いた本書は、貴重なフランス現代思想史である。
第29位
伝説のバンド・ガセネタメンバーによる、狂った青春の日々をつづった伝記小説。掛け値なしに面白いとはこのこと。このプラトニックさは、あの凶暴な音楽へ、最短距離で線を引く。音源からはいるもよし。いずれにせよ、この青春を知らずしてなるものか。
第30位
1970年代半ば、高山宏氏が東大研究室の大書庫で本書に出遭い、その「起爆力」に衝撃を受けて以来、思想的バックボーンとし、邦訳をライフワークとした名著。氏の長年の読者としても待望の翻訳といえる。
次点
「哲学史」は年代順に過去の思想をただ並べるものではなく、自ら考え、根本的に問うことへ繋げていかなければならない―。自分なりの哲学史観を模索する過程で、じっくりと読み進めてほしい一冊です。
乱交は変態行為だ。
だがしかし、日本の民俗史を、乱交をキーワードに導けば、日本の芸能の、そしてコミュニティの始点にその交わりがあったのだ。
この「つながり」は様々な民俗を接続してきた。
日本の性文化は、「誰と寝てもよかった」風土から生まれた。
倫理思想史などと聞くと難しい本というイメージを持たれそうですが、当時の人はどんなことに価値観を置いていたのかにスポットを当てた日本通史として読めば抜群に面白いです。学校で習った日本史とはひと味もふた味も違った時代相が見えてきます。とりあえず、2012年の大河ドラマ「平清盛」の時代を扱った第二巻だけでも読んでみて!
●ブックフェア情報●
「読者が選んだベスト人文書30」の展示にあわせ、超豪華ブックフェアを同時開催いたします!
●読者が選んだ2011年ベスト人文書30●
●思想史的大転換期としての2011年
――池上善彦選・これからの時代を生き抜くための2011年必読人文書+α●
●ジセダイのための教養!produced by 星海社●・会期:2012年1月21日(土)~2月29日(水)
・場所:紀伊國屋書店新宿本店5階A階段横壁棚
・お問合せ:紀伊國屋書店新宿本店5階 03-3354-5700
今回のフェアを記念し、大賞受賞コメントおよび読者推薦コメント付「ベスト人文書30」を掲載した小冊子を配布予定です。『現代思想』元編集長・池上善彦さんによる特別寄稿「世界史に参入する」も収録予定です。※2月上旬~配布開始予定。
この機会、是非、お立ち寄りくださいませ。
(編集部 吉田敏恵)





































