東大生今昔読書模様 《後編》 ― 「東大生100人、おすすめの100冊」
2011年5月28・29日に東京大学で行われた「第84回五月祭」で「東大生100人、おすすめの100冊」というユニークな企画が開催されました。主催は「2009年度入学理科2・3類22組を中心とした有志」。実は文芸サークルでも文学系ゼミでも何でもない、一人の東大生が思いつきで実現させた企画でした。100人の東大生に、ただ、「あなたのおすすめの本を貸してください」と頼んでみたら一体どんな本が集まったのでしょう。
五月祭当日には、100冊の本を持ち主からのコメントを付けて教室に展示し、立ち読みしたり何か飲みながらゆっくり読んだりできる空間が出現しました。
東大五月祭の企画が反響を呼び、書評空間でアーカイブを展開している「東大生100人、おすすめの100冊」。前回に引き続き、「東大生100人、おすすめの100冊」を企画した賈 一丁さんと、東京大学准教授の阿部公彦先生の新旧東大生による読書談義をお届けするのですが、お二人の話を前のめりで聞いていた編集部スタッフも、後半からはとうとう乱入。読書を軸に、Twitter、お笑い、とふらふら漂っていったこの対談、後半は本の読み方、本の買い方トークで盛り上がって...はたして、無事に着陸できるでしょうか?
「本」は本質的に暗い?
◆阿部:本って本質的に暗いものだと思うんですよね。特に小説の場合はそうなんだろうけども、この前ある小説家が言っていたのが、自分のいちばん恥ずかしいことを書けたらそれが小説になる、でもなかなかそこまでは書けないって。汚物みたいなもの、見苦しいものだったり醜かったり臭気を発するような、そういうものが本なので。だけどそういうものが書き手本人よりも陽の当たる場所に出てしまうという、出版っていうのはなんかそういうヘンな逆転現象が起きてる。
▽編集部:誰かのおすすめとか書評にしても、心を打つものはそういう「恥ずかしいこと」に関係していることが多い気がします。
◆阿部:そうですね。いちばんそのひとの弱い部分を拾ってる。本ってやっぱり隠してる部分が滲み出しちゃったとか、良い本であればそういうとこも必ずあって。妙に存在感のある本っていうのはいろんなものが分泌されてて面白いなぁと。
▽編集部:たぶん「読む」というのがそういう弱い部分、作者が隠してる部分とひとりで向き合う行為で、それで完結できないとその本を話題にしたくなる、みたいなことでしょうか。
◆阿部:そうですね。読むことも暗い、怪しげな行為ですよね。カッコいい読書としての小説ってやっぱり内面を書いてる小説で、心の内側みたいなものをどばっと出してるのが小説だっていう了解がまずあって、それをひとりでひっそり読者は読んで暗さを共有する、みたいなそういう世界。
▽編集部:それを人に薦めたり貸したりっていうのは毒を...
◆阿部:回し呑みしてる。(笑)
書き言葉のリテラシー、昨今Twitter事情
◆阿部:まあ書き言葉の魔力っていうか。Twitterっていうのも書き言葉だから、書き言葉で伝えるっていうときにそういう本みたいな暗いものが入ってきやすいんだろうなと。授業のときに、手を挙げてなにか言いなさいって言うと言わないんだけど、紙に書けって言うと書くんですよ。しかも声に出して言うときよりも独創的なこと、独特なそのひとでしか言えないことを書くことも多くて。声に出して言おうとするとどこか制御が働くんだけど、紙に書くと呪いの言葉を書いてきたりとか、なかなかエキサイティングで(笑)。紙の本が滅びるとか言うひともいますけど、でも書き言葉そのものは滅びないですよ。むしろ書き言葉に対するリテラシーっていうのは、今の若いひとはかなり持っているな、と思います。われわれの頃は誰かに書き言葉でメッセージを伝えるってすごく 少なかったんですよ。手紙とかあまり書かなくて、だいたい電話だったから。でも今のひとは全部メールで、たぶんみんなすごく気を遣ってて。だから今だと、友だちのあいだ でパワーを持ってるのは、きっとそういうことに長けてるひと、書き言葉で大きな声を出せる、支配力のあるひとですよね。
▽編集部:Twitterで共感を呼べるっていうのもそういうことですよね。
◆阿部:これ誰も読まねぇよな、みたいなことをTwitterに書くひともいるじゃないですか。つぶやきゃいいってもんじゃないんだよって思うけど、一方でTwitterがすごく上手なひともいる。でも原理は出版と一緒ですよね。ひとつの言葉がいろんなひとに読まれるように発信されるっていう。
▽編集部:われわれは本屋なので、「東大生100人、おすすめの100冊」みたいな企画があちこちで流行れば、すこしは商売繁盛になるんじゃないか、みたいな思いもあるんですが、本は暗いものだっていう結論だと...(笑)
◆阿部:でもまあ病院というものがなくてはならないものであるように、心の病院みたいな感じで。
▽編集部:でもブログやTwitterで気軽に本の感想を言っているのを見ていると、さきほど話に出たような文学の取り扱い方も、すこし変わってきてるんじゃないかとも感じるんですが。
◆阿部:なるほど。暗さがある種毒抜きされてきたっていえるのかもしれないし、或いは本質的に違うのかもしれないし。密やかなものをみんなで話題に出来ちゃうっていう世界になりつつあるわけですね。
◇賈:僕は中高生のときはTwitterとかぜんぜんやってなくて、SNSやり始めたのも大学2年の夏くらいで。でも東大内のTwitterやってる率はす ごく高いんですよね。Twitterってトップページに今ホットなワードみたいなのがあるんですけど、五月祭の前にそこに「五月祭」って出てきたらしくて、それを見てみんな「東大生Twitterやりすぎだろ!」って(笑)。
お手本はお笑い芸人
▽編集部:さきほどの、書き言葉のリテラシーの話ですけど、コミュニケーションの手本とか模範になっているものっていうのがあるとしたら、それは何でしょうか?
◆阿部:いちばん多いのはTVのお笑いじゃないですか。若者の会話を聞いてると非常にお笑い用語が多いですし、会話の構造もお笑いの影響は大きいですね。
◇賈:僕はバラエティをよく見るんですけど、今おっしゃってたお笑いの構造ってすごいその通りだと思います。お笑いの用語とかもそうだし、お笑いの中で繰り広げられいている構図そのものを真似している。
◆阿部:基本はボケとツッコミですよね。
◇賈:あと、いじるいじられるとか。僕がよく感じることなんですが、TVのお笑いで誰かが誰かをいじるってのは、それはプロの芸人さんが、芸としてやっているものを見ているわけじゃないですか。でも僕たち若者がみると、あたかもそれがフツーのことに思えて、実際の現実の中で同じようなことをしようとする。そういうところ悪い影響もあるなと感じます。とりあえずTVのやってることを真似したがるっていうのは...。
◆阿部:学生さんの飲み会とかにたまたま私がいたりすることもあるんですけど、まあその場を動き出させるために便利ですよね、お笑いの構造っていうのは。でもそこは素人だからやり過ぎたり、かえって盛り下がったりするときもある。昔からそれはあったといえばあったんだけど、今のひとのほうがそれを意識的にやってる。やりながら「あっ、いじっちゃった」とか言ったり。自分たちはお笑いの構造を真似しているのである、っていう自意識はさすがに今のひとは強くて。ある意味でいちばん身近な物語装置みたいなところがあって。
◇賈:お笑いは無意識のうちに生活の中に入り込んできてます。
▽編集部:面白いですね。バラエティ番組って日常のパロディじゃないですか。それがまた日常へって...
◆阿部:一周しちゃってる。(笑)
本を買うということ、未来の自分を想像すること
▽編集部:今回の企画では友だちが持ってる本の現物を借りるっていうとこがひとつのポイントだったわけですけど、今、本を買って持っているというのは、案外貴重 なことなんじゃないでしょうか。だからこそ、現物を借りることで本当に好きな本が集まったんだろうなと。ちなみに賈さんは感覚的に、本1冊にいくらくらいまでお金を出してもいいと思ってますか?
◇賈:そうですね。僕は、まあ、2000円くらいかな。
▽編集部:おぉ、結構出すんですね。
◇賈:僕は親がよく本には金を惜しむなって言うんで。
▽編集部:いい親御さんですねぇ(笑)。それで、実際のところは1ヶ月でどのくらい本に使ってます?
◇賈:最近はあんまり買ってないですけど、いちばん読書してたときで月5~6000円くらいかな。
◆阿部:学生さんで5、6000円はけっこう多いほうですね。アマゾンで買うんですか?
◇賈:いや、僕は生協書籍部とかが多いですね。あと、けっこう紀伊國屋の新宿本店でも。
▽編集部:ありがとうございます!(笑)
◆阿部:でも本買うときってどうですか、やっぱりちょっと高揚して買いますよね。
◇賈:そうですね。
◆阿部:微妙にお祭り気分というか。別に買ってすぐ読むわけでもないのに。えいっ!ってなんかお賽銭箱にお金を入れるような気分で。
◇賈:本買うっていうのがそれだけで一種のイベントで。
◆阿部:なんか実用とは違うし、合理主義とも違うし、何かのためにするっていうのとも微妙に違う。どういう行為なんだろう。女性が服を買うっていうのとひょっとしたら似てるのかな。本を買うときのワクワク感って何なんですかね。
▽編集部:借りるのとはちょっと違いますよね。
◆阿部:違います。買うことに意義があるんです。物欲とかモノに対するフェティシズムというか。
◇賈:僕は図書館の本は使わないし友だちから借りるとかもぜんぜんなくて、本は自分で買います。
◆阿部:それはやっぱり本の魔力があるんじゃないですか。たぶんでも、そういうのは自分の未来との付き合い方っていうのと関係あると思うんですよ。本ってこれから読むものじゃないですか。だから自分の未来に対する自分の姿勢みたいなものが反映されてるような気がする。
◇賈:確かに。本買うときに、将来それを読んだ自分のことはイメージするような気がします、それを読んで自分がどうなるかとか。
◆阿部:なにか自分が変わるかもしれない、っていうような意識。アサガオに水やって伸びるかもしれないっていう感じの。未知のものに対するわけもな い無根拠な信頼というか。根拠があっていいことがまちがいなくあって楽しみだっていうのと、よくわかんないけどなんかいいことがありそうな気がするってい うのとでは、後者のほうが人間のエネルギーみたいなものを保証するんだろうなと。本っていう商品の中にはそういうのが詰まってる。洋服もそうですよね。その服を着て自分が変わるって想像して買う。
▽編集部:なるほど。やっと本が売れそうな展開になってきましたね!(笑)
本は読まなくていい?
▽編集部:読んだ本は古書店に売ってしまったりはしないんですか?
◇賈:僕はしないですね。売っちゃうとその後の機会まですべて失くしてしまってる気がして。置いといたらいつか読むかもしれないのにって。
◆阿部:本は読まなくたっていいんですよ。まあ確かに学生さんの頃はお金もないし、多くのひとはやっぱり読んでないことに罪の意識もあるじゃないですか。だから読まなくていいんだっていう感覚がなかなか磨かれてこないでしょうけど。ある地点を越えるとダムが決壊したかのように「読んでなくたって買っていいんだ!」ってどんどん買っちゃう。あともっと進んでくると同じ本を何冊も買っちゃう。これは恐ろしいことですよ(笑)。 呪われたように買っちゃう。
◇賈:それは何で同じ本を買うんですか?
◆阿部:まあもちろん同じ本だと了解したうえで買うこともあるんですよ。大事な本だからとか。でも気になる本が「なかったらどうしよう」と思って、実は持ってた、と。まあ「鮮度」ってものがあるじゃないですか。本ってタイミングが大切で、タイミングを逃すとそのひとにとって面白い本であるはずなのになんか読めなくなってしまう。それは買った瞬間では必ずしもないので、積んでおくうちに発酵してきて「読め読め、読め読め」ってそういう雰囲気がでてくる。そこでガッって読むとすごいそのひとにとっていいんですよ。そういうのに敏感になることが楽しく読書をするコツなのかなと。だからまず買え、と。(笑)
◇賈:確かに店頭で買うか買わないか迷ったときに、今ここで買わなかったらその機会を逃しちゃうんじゃないか、と思いますね。今読まなくてもいつか読むかもしれないし、だけどここで買わなかったら一生読むこともないかもしれない、みたいな。
◆阿部:きっと迷うこと自体も大事なんでしょうね。すべての本を買ってたら感覚が鈍るので。迷った挙句買わなかったりすることも、買われる本のためには大事なんですよ。
◇賈:僕はすごく迷うんです。よく書店で手にとってちょっと歩き始めて「あっ、やっぱり...」って繰り返したりするので。
◆阿部:それは本に対する磁力っていうか、意識が高いんじゃないですか。
◇賈:いやぁ。でも、だから書店にいるときは怪しまれてるんじゃないかなって(笑)。
▽編集部:大丈夫ですよ、書店には賈さんみたいに買うのを迷ってる方もたくさんいらっしゃいますから。怪しんだりしないので、心置きなく悩んでください(笑)。
では、話もまとまったところで(?)、今日のところはこのへんでお開きにしたいと思います。
お二人とも、ありがとうございました!
↓東大生が選んだ100冊のラインナップはこちらから!
【書評空間】「東大生100人、おすすめの100冊」
↓対談の《前編》はこちら!
東大生今昔読書模様 《前編》 ― 「東大生100人、おすすめの100冊」
プロフィール
賈 一丁(じあ・いーてぃん) <写真左>
中国の西安生まれ、札幌育ち。東京大学農学部在籍中。「東大生100人、おすすめの100冊」を企画したおかげで、一時は忙しくなりすぎて遠ざかっていた読書も、最近になって徐々に再燃。今では文学へのアコガレが少し落ち着いて、夏休みに向けてインターンの面接を受けたりエント リーシートを書いたりしてるうち、「たとえば池上彰とか、広く世の中の勉強になるような、そんな本が読みたい」と、歴史や社会のしくみに興味を持ち始めた大学3年生。
阿部公彦(あべ・まさひこ) <写真右>
1966年生まれ。東京大学文学卒。ケンブリッジ大学PhD。現在、東京大学文学部准教授。
英米詩を中心に研究するが、「抒情とは何か?」「詩的とはどういうことか?」「感動するとは?」といった問題意識を出発点にして、その他の関連領域にも関心を持つ。
たとえば「表象としてのグリッド」、「メランコリー、ヒステリーから退屈へという系譜」、「英文学と<ですます>調」、「問答形式の歴史」、「スローモーションの美学」、「胃病の倫理」など。著書に 『モダンの近似値』 (松柏社)、『即興文学のつくり方』 (松柏社)、『英詩のわかり方』 (研究社)、『しみじみ読むイギリス・アイルランド文学』 (松柏社)。近著に『フランク・オコナー短編集』(翻訳 岩波書店)、『スローモーション考』 (南雲堂)、『英語文章読本』(研究社)など。
(聞き手・構成/編集部 今井太郎・須賀喬巳)
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