【じんぶんや第71講】仲正昌樹選「正義」論と日本の思想
紀伊國屋書店新宿本店5階の月がわりブックフェア「じんぶんや」、今月の選者は仲正昌樹さん。「『正義』論と日本の思想」というテーマで、じんぶんやにエッセイをいただきました。
仲正昌樹さんエッセイ「『正義』論と日本の思想」
2010年のサンデル・ブームの影響で、「正義」というタイトルを冠した哲学・思想書、あるいは評論本が増え、総合雑誌も「正義」関連の特集を組むようになった。しかし、その多くは、「正義」を、日本語の通俗的な意味に、つまり「正義の味方」という時の"正義"へと捻じ曲げてしまっている。サンデル自身の主張の核である、「正義」と「共通善」の区別を、ほとんど理解していない、にわかサンデル・ファンがあまりにも多い。英語の哲学概念としての〈Justice〉に含意されている「冷徹さ」、〈Good〉の「暑苦しさ」を理解しないで、教室の中でサンデルごっこをしていても仕方がない――それで、知的コンプレックスの解消になっている人にとっては、いいのかもしれないが。
日本自体が「自由民主主義」を原則とする国家になってから久しいにもかかわらず、自由主義系の正義論・民主主義論・政治哲学が日本に本当の意味で根づかないのは何故か、じっくり考えてみたい気がする。ベタな言い方になるが、古典的な名著とされている、丸山真男の『日本の思想』や『現代政治の思想と行動』、あるいは、これらと関連したテーマの本――そこには、丸山と対立する、戦前の京都学派関係のものや、吉本隆明等の新左翼的な文脈に属するものも含まれる――を何冊かちゃんと読んでおくことが有益ではないか、という気がする。
日本であまり注目されない、リベラリズムの重要概念として「公/私」二分法がある。「公/私」というと、すぐに、国家権力の民事不介入とか、民間とお上(+新しい公共)のような話を思い浮かべて、分かった気になる人がいるが、肝心なのはそれらの根っこにある、国家や(政治的)共同体の価値中立性をめぐる問題である。言い換えれば、個人の幸福追求のための最大限の自由が保障される領域と、共通の利益=公的事柄(レス・プブリカ)の実現のための民主的決定のために、個人の自由の制約が認められる領域の境界線をめぐる問題である。政教分離の原則も、実はこれと深く関わっている。
丸山などの著作をじっくり読むと、「公/私」区分を軸に近代化を進めた西欧諸国と、その逆に、「公」を「私」の融合性を高めることで近代化を進めてきた日本では、「国家」の「正義」や「善」に対する関わりが根本的に異なっていること、そのことが、現代日本の"政治好き"の人たちに間接的に影響を与えている(かもしれない)ことが少しずつ分かってくる。
仲正正樹(なかまさ・まさき)さんプロフィール1963年広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士(学術博士)。現在、金沢大学人間社会研究域法学系教授。政治思想史・比較文学を専攻。
著書に『貨幣空間』、『〈隠れたる神〉の痕跡』(以上、世界書院)、『〈法〉と〈法外〉なもの』(御茶の水書房)、『「不自由」論』(ちくま新書)、『集中講義!アメリカ現代思想』(NHKブックス)、『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書)、『日本とドイツ二つの全体主義』、『日本とドイツ二つの戦後思想』(以上、光文社新書)、『知識だけあるバカになるな!』(大和書房)、『〈リア充〉幻想』(明月堂書店)、『なぜ「話」は通じないのか』(晶文社)、『〈学問〉の取扱説明書』(作品社)ほか多数。
仲正昌樹さん選書・コメント(一部)
日本の政治・政治思想の無構造・無歴史性をめぐる問題を、日本の近代化過程の特殊性、特に「公/私」の未分離という視点から分析している。西欧社会で生まれたリベラリズム系の政治・法思想の言葉が、日本社会に浸透しにくい原因がよく分かる。2010年代の日本においても、そのアクチュアリティを失っていない。
終戦直後、丸山が注目されるきっかになった「超国家主義の論理と心理」を始め、終戦直後から五〇年代後半にかけての重要な評論が収められている。天皇制を中心に形成されてきた戦前の日本の国家思想が、ドイツなどのそれとはどう異なるのかが構造的に明らかにされている。
表題になっている「忠誠と反逆」他、日本的な政治思想の根源を明らかにすべく、明治維新以前の日本人の"政治"意識や"主体性"、"組織への帰属意識"を分析した論考が集められている。武士にとっての「忠誠と反逆」の変容という視点から、明治期の政治・社会思想の布置状況を読み解いていく手法はアクロバティックである。
日本の文明化(=西欧化)の必要性を説いた福沢諭吉の『文明論之概略』を、丸山が細部に拘りながら丹念に読み解き、その現代的な意義を改めて明らかにした著作。福沢の「国民国家」論に対して、丸山自身が微妙な立ち位置にいることが分かる。
文明史的な視点から、明治初期における日本の現状を分析した、近代日本の政治思想の原点とも言うべき著作。単純な入欧論ではなく、「国民」意識の欠如という側面から、日本が抱える問題点を論じている。丸山の解説書と合わせて読むと、両者の問題意識の連続性が見えてくる。
日本における法社会学のパイオニアである川島が、日本人の裁判嫌いのメンタリティについて分析した著作。近年では、川島の法意識論には、制度的・経済的な側面からの考察が欠けているとの指摘がマーク・ラムザイヤーなどから提起されているが、それでも、古典として参照され続けている。丸山の近代日本政治思想史を、法の面から考えるうえで有用。
最強の丸山批判者として知られる吉本による国家論。国家を単なる上部構造と見る、通俗的なマルクス主義へのオルターナティヴとして、神話や民間伝承にその痕跡をとどめている、共同幻想の所産として「国家」を考える視座を呈示している。
戦争中に雑誌『文学界』で企画された、悪名高い座談会「近代の超克」の記録と、それに対する竹内好の解説を合わせて1冊としたもの。様々な文脈でその"危険性"が指摘され続けている「近代の超克」論の実像を知るうえで必読。
戦後日本最大のマルクス主義哲学者とされる廣松渉が、座談会「近代の超克」及び、これと関連する、京都学派の高坂、高山などの言説を、歴史哲学という側面から読み解いた労作。廣松の思想史家としての側面や、彼自身の「近代」観を伺える興味深い著作。
西欧思想史における「市民社会」概念の意味的変遷を文献学的に丹念にたどったうえで、それが日本における"市民社会"論にどのように取り入れられ、独自の展開を遂げたか詳述している。多くの人が分かったつもりで使っている、「市民社会」概念の多層性を理解するうえで重要な文献。
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こんにちは。じんぶんやです。
2004年9月、紀伊國屋書店新宿本店5階売場に「じんぶんや」という棚が生まれました。
「じんぶんや」アイデンティティ1
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「じんぶんや」アイデンティティ2
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【じんぶんや第71講】仲正昌樹選「『正義』論と日本の思想」
場 所 紀伊國屋書店新宿本店 5Fカウンター前
会 期 2011年6月7日(火)~7月上旬
お問合せ 紀伊國屋書店新宿本店 03-3354-0131















