書評で読む

岡井崇之評 『自己愛過剰社会』ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル著 【プロの読み手による 書評空間】

自己愛過剰社会

自己愛過剰社会

ジ−ン・M.トウェンギ、W.キ−ス・キャンベル / 河出書房新社
2011/12出版
ISBN : 9784309245768
¥2,940 (税込)

読みたい本リストへ Book Web で購入

書評者 岡井崇之(編集者)
「書評空間」2012年1月19日より


「現代の自己愛とは何か」

 本書は、アメリカの心理学者トウェンギとキャンベルによって2009年に出版されたThe Narcissism Epidemicの邦訳である。直訳すると「ナルシシズムの蔓延」とでもなるのだろうが、訳者は本文で「ナルシシズム流行病」としている。つまり、それらを病理としてとらえているのである。

 日本でも機を同じくして『現代のエスプリ』522号(ぎょうせい、2010年12月)でナルシシズムが特集されているし、また、2008年の秋葉原通り魔事件以降「他者からの承認」をテーマにした書籍の出版が続いているのは興味深い。

 著者たちにとって、ナルシシズムとは「文化の影響を受けた心のあり方」であり、ナルシシズム流行病は「(アメリカ)文化全体に広がり、ナルシシストも、またあまり自己中心的でない人もその影響を受けている」という(8頁)。

 日本でも、エッセー的なものから藤田省三の『全体主義の時代経験』(みすず書房、1995年)に収められている「ナルシズムからの脱却」(初出は1983年)のような硬派な論考まで、自己愛的な時代状況を評した文献は多数あるが、著者はアメリカにおけるそういった類書と本書を次のような点で明確に線引きする。それは科学的データに基づくということと、ナルシシズムをめぐる俗説の検証も取り上げていることにおいてである。

 自己愛性パーソナリティの事例として度々紹介されるのは、多重債務、経歴詐称、銃乱射事件、SNSの自己呈示、パーティー文化、セレブリティなどである。確かにこれほどまでに事例を並べられると説得力がある。だが、それらの一つひとつが、本当にナルシシズムに起因するものなのか、ナルシシズムの症例として非難されるべきものなのかは、評者には疑問が残る。著者は「暴力、物質主義、他者への思いやりの不足、浅薄な価値観など、アメリカ人が自尊心を高めて食い止めようとしていることは、実のところすべてがナルシシズムに起因している」(16頁)とまで断言している。

 評者などは心理学の門外漢ゆえ的を外しているかもしれないが、そもそも人間の本性は自己愛的であり、それが資本主義やメディア文化の進展のなかで担保され、さらには称揚されるようなったということではないかという解釈図式を取ってしまう。たとえば、フェイスブックで自己の経歴をアピールすることで、ビジネスのネットワークを構築することなどを取ってみても、置かれた環境のなかで個々人が行動を最適化するのはある意味、当然ではないかと思うからだ。

 さて、新たな方法論を用いて文化としてのナルシシズムを検証しているだけでも本書は有意義なものだが、それ以外の点では1970年代以降に流行したナルシシズム論と本書との構造的違いが何だろうかというのが、評者が本書を手に取ったときに抱いた興味関心だ。

 藤田がナルシシズムの特徴をいくつか挙げているなかで、「世界はそれ自体として存在する物ではなくて、消費されるためにだけ、そしてそれまでの間一時的に存在している仮の物に過ぎなくなる」(25頁)という論述は、現代でも検討されるべきだと評者は考えている。それは、ナルシシズムがもたらす一つひとつの弊害や、ある犯罪事件との関連というような次元の議論ではなく、ナルシシズムがもたらす世界像の変容を問うものであった。

 本書は1部「自己愛病の診断」、2部「自己愛病の原因」、3部「自己愛病の症状」、4部「自己愛病の予後と治療」で構成され、全17章からなる。それぞれの部で、原因や症状として「物質主義」「見た目への依存」「虚栄心」「低年齢化」などさまざまな例が列挙されているが、そこでの通底奏音として全体を貫いているのは、メディア文化への不信ではないかと評者は読んだ。

 度々「メディア漬け」という言葉が(悪意を込めて)使われることが示唆しているように、著者が1980年代以降の特徴とするのは、1980年代以降の雑誌やテレビでのセレブリティ言説、90年代以降のリアリティTV、2000年のインターネットでのSNSといったメディア文化が自己賛美の価値観を創りだしているとする点だ。

 著者は、ナルシシズムを病理ととらえているため、その治療は可能だと言う。しかし、実のところ著者たちはその治癒について悲観的なのではないかと評者は読んだ。そこでは疾病モデルが有効であるとされるが、その最も効果的な治療法である隔離がこの文化的・メディア的な病理においては意味をなさないからだ。

 ナルシシズムのグローバル化の議論も含め、著者たちの視座は多分に悲観的であり、アメリカ文化の影響力を過大にとらえているという印象もあるが、それは、そのようなことを例証するさまざまな事態をつぶさに見てきた著者たちの危機意識に由来するのだろう。本書からは「ナルシシズム流行病」の最先端を行くアメリカの症例を詳しく知ることができる。

2012.01.26 書評で読む  

関連書籍

リトル・ピ−プルの時代

宇野常寛
¥2,310 (税込)

読みたい本リストへBook Web で購入する

自己愛過剰社会

ジ−ン・M.トウェンギ、W.キ−ス・キャンベル
¥2,940 (税込)

読みたい本リストへBook Web で購入する

サブカルチャ−社会学

仲川秀樹
¥3,045 (税込)

読みたい本リストへBook Web で購入する

創造的破壊 グロ−バル文化経済学とコンテンツ産業

タイラ−・コ−エン、浜野志保
¥2,520 (税込)

読みたい本リストへBook Web で購入する

急に売れ始めるにはワケがある ネットワ−ク理論が明らかにする口コミの法則

マルコム・グラッドウェル        、高橋啓
¥819 (税込)

読みたい本リストへBook Web で購入する
全国店舗案内 店頭の在庫を確認する KINOナビ
インターネットでお買い物 紀伊國屋書店のオンラインストア

本を買ってポイントをためよう Kinokuniya Point Card

  • マイページ
  • はじめての方はこちら
入会金・年会費永年無料 紀伊國屋 三井住友VISAカード
大切な人に本を贈ろう。紀伊國屋ギフトカード
  • RSS
  • Mobileサイトのご案内
  • お客様へのお知らせ(お得情報・キャンペーンなど)