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![]() 「SHINJUKU FEST 2005」報告
平沢 剛
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「SHINJUKU FEST 2005」は、「若松孝二初期傑作選DVD―BOX」の発売記念に端を発しているが、その内容は、若松孝二という一人の固有な作家にとどまらず、新宿という街を検証するというものであった。
よって若松を考えるのであれば、作家主義的な概念のみで捉えるのは困難であり、若松プロという場、交通空間としての思想、背景としてあった時代状況そのものを問うことが不可欠なのである。そして、この時代、一九六〇〜七〇年代という時代において、最も重要なのが新宿という街であり、そこから生まれた文化であった。 そのため「SHINJUKU FEST」というより普遍的なタイトルが選ばれ、六〇年代を一つの媒介に、若松映画のみならず、新宿に関わってきた人々が広く集い、新宿の過去、現在を問い直すという意図で、企画が進められていったのである。 第一部では、大島『新宿泥棒日記』(六九)が上映された。唐十郎ら状況劇場、美術家の横尾忠則、性哲学者の高橋鐵、創造社、若松プロの面々、そして、紀伊國屋の故田辺茂一社長らの出演陣と騒乱する街のドキュメントによって、一九六八年の新宿を見事にフィルムへと定着させた奇跡的な作品である。 紀伊國屋が舞台の中心となっている『新宿泥棒日記』を紀伊國屋ホールで上映するということは、ある意味ではストレートに過ぎるものの、文字通り土地の記憶、時代の記憶を呼び起こすという歴史学的、思想的な試みであった。
最近、社内の倉庫でプリントが発見され、今回が初の一般上映となった。最後に、日本アート・シアター・ギルド(ATG)のプロデューサーであり、アートシアター新宿文化の支配人であった葛井欣士郎がトークショーを行った。六一年の新宿文化設立、六三年の舞台公演の開始やアンダーグラウンド演劇、映画のための蠍座設立を中心に、六四年における紀伊國屋ホールの登場など、当時の新宿の街や文化状況が語られていった。 第二部は、山田広野による活弁ショーで始まった。『テロルの季節』(六九)を中心にコラージュしながら、公安警察に監視されている主人公・吉澤健を若松孝二に見立て、若松とは誰かを縦横無尽に語り、若松映画、および若松という作家を活弁によって批評的に捉えていった。 そして、若松の『新宿マッド』(七〇)が上映された。アンダーグラウンド・カルチャーが浮上し、政治の季節も終焉していくなかで、内ゲバで息子を殺され、田舎から上京してきた郵便局員の父親が街を彷徨い、その狂気にふれていくことで、「新宿」の現在を描き上げようとした作品である。最後に、松田政男、高橋伴明の対談が行われ、新宿の飲み屋や喫茶店といった場や空間と表現の関係性、若松映画のラディカリズムについて議論がなされた。 |
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