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海外の新刊
<台湾>

『花間迷情』(『魅惑の愛』)
李昂

台湾発フェミニズム小説

藤井省三 Shozo Fujii
『花間迷情』(『魅惑の愛』)
『花間迷情』(『魅惑の愛』)
李昂著
台北・大塊文化出版/2005
   
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 李昂(リー・アン、りこう、一九五二〜)は『夫殺し』『迷いの園』などのフェミニズム小説が世界各国で読まれている台湾人作家。彼女の長編小説『自伝の小説』(一九九九)の邦訳を私が国書刊行会から刊行したのは昨秋のことである。

その主人公は台湾共産党の女性指導者、謝雪紅(しゃせっこう、一九〇一〜七〇)で、彼女は十一歳の年に両親の葬儀代のため家内奴隷として売られ、やがて愛人とともに神戸に出奔、上海で左翼台湾人学生と恋をしてモスクワ東方大学に留学する。

一九二七年台湾共産党を結成し台共中央委員となるが路線闘争に破れて除名され、さらには総督府警察に逮捕されて十三年の刑を受けた。日本敗戦後には反国民党蜂起の「二・二八事件」(一九四七)を指揮、大陸亡命後に台湾民主自治同盟主席となるが中国共産党により粛清され、文化大革命中に“大右派”として紅衛兵のリンチを受けて死去した。

 同書にはフェミニズム理論家の上野千鶴子さんが「性と政治が結びついていることを、血と汗と体液の肉感をもって描き出す稀有な読書体験」という推薦文を下さっている。確かに『自伝の小説』では政治闘争とともに、東方大学夏期軍事訓練合宿での革命同志との騎乗位等の“性事”(セックス)も赤裸々に描かれている。その中でも特異な印象を与えるのが総督府監獄内の謝雪紅が、「梵塔那尼」(ふたなり)へと変身し、両性具有者として性的快楽を自足する幻想的場面といえよう。

 さて『花間迷情』は季昂の長篇としては六年ぶりの作品である。これまで戦後台湾五十年史の暗黒を反映してか「暗い」小説が多かったのに対し、本作はひたすらレスビアンの快楽を描こうとした、とは「序文」などで彼女自身が述べていることだ。

しかも本作は彼女自身による脚本改作を前提として映画化が予定されており、小説では心理と感覚を描き、映画では物語に重点を置くという分業を意図し、スペクトルを異にする女性と、男性不在時の女性自らのセックス、愛情、身体と自我の追求、さらには絡み合う愛と欲望、希望と幻滅とを描くものだともいう。

 主人公は豪華マンションに住み、趣味的に社会奉仕財団に顔を出す林雲淵。彼女の愛人は中学からアメリカに留学し今はコンピュータ・ビジネスで上海に常駐しているHerman(直訳すれば「彼女の男」)、彼の三十六歳の誕生パーティーの二次会で繰り出した派手なラウンジ・バーでモデルだがグラマーな安雅、筋肉質の女性カメラマン方華のレスビアンカップルと知り合い、林は同性愛の世界にのめり込んでいく。やがて愛情のもつれで方華が自殺し、衝撃を受けた林はアクセサリー売りでT(男役レズ)でもある丁凱瑞に彼女の故郷の先住民の村へと運ばれ癒される……。

 たとえば第二章では、安雅に中絶手術の経験があるという噂を聞いた林雲淵は、不潔と思ういっぽうで、次のようなバイセクシャルな妄想に耽る……先に入ってくるのが女の手で、これに続くのが男のペニスであれば、女の手による掻爬とは、最高の前戯であり、男のペニスを導入すれば思いがけぬクライマックスに達し、それは味わったことのない快楽の極致ではないか。
  実は私にはレスビアン小説の読書体験も乏しく、本作を批評する資格はないのだが、異性愛者の同性愛セックスに対する好奇心を描いているような印象を受けている。

 ところで物語の冒頭と末尾に登場する林雲淵の豪華マンションからは、新築超高層ビルが展望される。それは今年四月に全面オープンした台北一〇一で、高さ五百八メートルと世界一を誇るが、林の冒険が始まる昨年十二月の時点では、テナント契約は延面積の三十パーセントにとどまり、この数年でオープンした香港・上海の超高層ビルの九十パーセントに大きく引き離されており、台北の国際競争力衰弱傾向の象徴とさえ言われていたという。

 台北一〇一の萎れた姿は、上海に単身赴任中のHermanの不在と相まって、六〇年代以来の高度経済成長を主導し台湾に君臨してきた男性権力の没落を象徴しているようでもある。そもそも台湾はすでに八〇年代半ばには香港・中国に先駆け村上春樹を受容していたように、早い時期からポスト高度経済成長の文化を模索していた。『花間迷情』もまたそのような男性主導文化への反省として読むべきなのかもしれない。なおインターネット情報によれば、台北一〇一も年内にはフロア面積ベースで七十パーセント近い入居率になる見込みだという。

台北一〇一紹介サイト


   
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