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ライターズワークショップヘようこそ〜創作の技法・学習法
対談 小説との格闘、そこから発する熱を、何よりも伝えたい
青山 南
(翻訳家・早稲田大学教授)

× 新井敏記
(「コヨーテ」編集長、
「スイッチ」発行人)
青山 南氏
新井敏記氏
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■創作科は役に立つのか

新井 一九八八年のことでしたが、コロンビア大学やニューヨーク大学で行なわれていた、クリエイティブ・ライティングに興味があったので、取材をしたことがあります。コロンビア大学では、日本の大学のゼミのような規模で、二十人ほどのクラスで学生が書いたものを発表していました。

青山 どれくらいの分量ですか。

新井 シート四、五枚、そんなに長くはないです。それについて教授が批評し、全員でディスカッションをする。日本と違ってアメリカは、この種の討論には慣れています。日本の場合は、「導入部の表現方法が違う」と言われたら、多分、「それは俺の勝手だ」という形でおしまいでしょうが、そこをディスカッションさせる。書き手の学生が気づいていない問題点の在り処が、こうして明らかになってくる。なるほど、こういうやり方があったのかと、非常に印象に残りました。

青山 どういう人が教授をやっていましたか。

新井 オーストラリアの作家で、自身でも何冊か小説を発表している方でした。

青山 コロンビア大学の創作科は、数々の作家を世に出していますね。

新井 モナ・シンプソンもその中の一人ですが、取材をした時に、「ためになったことは」と聞いたら、「ひとつだけ。それは毎日書くという習慣が身についたこと」と言ってました。

青山 創作科での教育が役に立ったと答える人は、ほとんどいないです。ただ、今、新井さんが紹介されたようなことは、創作科に否定的な人たちも皆、言っていますね。「小説を書くことを大事にしている雰囲気の中にいられることがとても嬉しかった」、「そういう環境の中に身を置けたことが、自分の源になった」というふうに。

新井 それはいい言葉ですね。



■文学の位置と創作科

青山 アメリカは文学的な創作活動に対する社会の評価が、必ずしも高くない国柄です。そういう中で、創作への気持ちを持続させる大きな原動力になるということが、創作科の大きな役割ではないでしょうか。

新井 その時の取材に関連して、「ヤド」というコロニーにも行きました。石造りのWASPのかつてのお屋敷です。

青山 写真で見たことがあります。

新井 このコロニーは、カトリーナ・トレスクという、ご主人はニューヨークタイムズのスポンサーだった大富豪ですが、彼女が、一八八〇年ごろから、作家のために創作の場所を提供しようとはじめたのです。作家だけではなくて、“アート”をやりたいなら、大学の教授と支援する企業の推薦があれば、動機を書いて応募できる。選ばれると六週間なにも心配しないで書ける。すごくうらやましい環境だと思いました。日本ではありえないですよね。

  実は、三年ほど前に、文化庁のスカラシップ(新進芸術家海外留学制度)に応募したことがあります。でも、落ちました(笑)。文芸の創作は対象外だったのです。創作、文学に関して冷たい国だと思った記憶があります。

青山 文学修業は四畳半ひと間で、水を飲んでコッペパンをかじってという、昔のイメージがあるのではないですか(笑)。ところで、早稲田の文学部は、結果的にたくさんの作家を輩出しているので有名なところです。では彼らが大学で創作を習ったかというと、そんなことはなかった。ただ、かつては大学で文学について語ることが、いい意味でのファッションとして通用していた時代があった。そこが今とは大きく違う。

あいつが面白いと評価する作品なら読んでみようとか、あいつの知らない作品を読んで自慢しようとか。講義には出ないで小説や詩ばかり読んでいるやつもいた。そういうのが集まっていたのが、当時の早稲田の雰囲気です。そこから五木寛之も、後藤明生も出てきた。

新井 日大藝術学部文芸学科の卒業生である、僕自身の実体験で言っても、大学ではあまり教わりませんでした。日芸のいいところは、大学に行かなくても単位がもらえるということ。いろいろな卒業生と話すと、皆さん「唯一それだけがよかった」と言いますね。

  今回青山さんとお会いするので、クリエイティブ・ライティングに関する昔の本をいろいろ読んではみたのですが、具体的な小説の技法を教えてくれるものはあまりないですよね。たとえば伊藤整の『小説の方法』や平野謙の『現代日本文学入門』は、小説家を目指す人にとっては、思想中心で、すごくわかりにくい本でしかない。



■技術ではなく、熱を与える

青山 伊藤整の時代は、文学の地位が高かった。文学全集もたくさん出ていて、小説を書くということが結構お金になったり、小説家たちが注目されていた時代でした。今はそのころに比べると、ごくひと握りの人がスターになっているだけで、全体的に文学に対する世間の目は冷たい。

その点で、アメリカに近い状況になって、創作、文芸科の必要性、存在価値が出てきているような気がします。学生たちにとってみれば、もはや文学はファッションではなく、かつて文学が占めていた席は、音楽などに取って代わられてしまっている。その分、逆に大学で盛り立てようということから、クリエイティブ・ライティング、文芸、芸術専門の学科が出てきたのではないでしょうか。

  繰り返しになるかもしれないけど、やはり文学に対する世間的な注目度が低くなってきた時に、客寄せではないですが、実際に創作している人たちを集めてやればいっそういいということなのでしょう。ただ、教える人は、実作者である必要はないのです。小説がいかに面白いかということを熱気を持ってしゃべれる人がいれば、それだけで十分です。

実際にものを書いているか、書いていないかは重要ではなくて、文学が好きな人たちがいて、教室でがんがんしゃべって、学生たちが一種閉じ込められた空間の中で、そうか小説って結構面白いのだなという催眠状態にかかることが大事なのです。直接的に技術を教えるのではなくて、熱を与えてやるという感じです。火をつけてやる。焚きつけてやる。

新井 こんなに文学って面白いということを教えてくれる先生が、たった一人いるだけで変わるような気がします。



■大学とリテラリィ・エージェント

青山 アメリカはそれこそ青田狩りではないですが、出版社やリテラリィ・エージェントの人たちがアイオワ大学やコロンビア大学の創作科等々としょっちゅう連絡を取って、有望な学生はいないかと探りを入れているようです。そういうところから、デビュー作でいきなりベストセラーという作家が生まれてくる。先生たちは、どちらかというと窓口、出版社との連絡係です。「先生、誰かいませんか」、「今一人いるから会わせるよ」と。そういう感じでやっているようです。だから、老舗のアイオワ出身の作家も多い。

新井 そういえば、日本にはリテラリィ・エージェントという概念がありませんね。新人の発掘は編集者がやるのですが、一人で何十人も作家を抱えていると、どうしても新人へのケアは後回しになってしまう。アメリカのリテラリィ・エージェントたちは全米にネットワークをはって、作家を育てるという機能を担っている。ビジネスライクな部分もあるけれど、この違いはすごく大きい。日本ではどうか。たとえば、村上春樹さんの場合は、奥さんの陽子さんの存在がとても大きいですね。彼女がきちっと読んでから出版するというプロセスが確立しています。たった一人の読者を意識できる作家の幸福です。

青山 村上さんは小説の作風も新しいけれど、奥さんが無償ながら機能としてはエージェントの役割を果たしているというシステムも非常に新しいと思います。もし、リテラリィ・エージェントが日本に登場して、本格的に活躍しはじめると、書き手の人たちに今とは違うモチベーションが出てくると思います。書き手がお互いに、「あのエージェントに頼むといいよ」と連絡をしあえば、ロイヤリティも上がっていくはずです。作家も商売ですから、基本的には自分の評価に対して、常に不安と不満を抱えています。自他ともに認める超売れっ子作家以外で、原稿料を上げろ、と言える人はいませんから。

  すぐれたエージェントがいるとほかにもいいことがあります。映画化権など、作品の総合的プロモーションや、絶版になり一度死んでしまった本を生き返らせてくれるとか、そういうのは日本にはないでしょう。外国の本の翻訳権を交渉するエージェントはあるけれども。新井さんはやっていないのですか。

新井 やれないです。編集者として雑誌を通して若手の作家を育てるということですか―。

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